4 今回の事案の特殊性

 渋谷暴動事件における殺人では、捜査機関により学生7名が実行犯として特定され、大坂被疑者以外の6名が、1975年までに逮捕・起訴されました。ちなみに、当時の刑事訴訟法では、殺人罪の公訴時効は15年とされていました。

 ところで、刑事訴訟法は、別に、複数の犯人によって行われた共犯事件について、そのうちの1人に対して行われた公訴の提起(裁判を起こすこと)は、他の共犯に対しても時効の停止をもたらすと規定しています(刑事訴訟法254条第1項)。
 つまり、1975年の共犯者らに対する公訴提起時点で、1971年の渋谷暴動事件についての公訴時効は全体として停止したわけです。
 また、同条は、停止した時効は、その事件についての裁判が確定した時からその進行を始めるとも規定しています。
 この点、前記共犯者のうち1名についての裁判が、控訴審においてその者が精神疾患に罹患したことを理由として公判停止の状態になりました(刑事訴訟法314条第1項)。公判が停止している間は訴訟は進行せず、したがって確定することもありませんから、この間、事件の公訴時効はずっとその進行を停止していました。そして、その間の2010年に、上記のとおり刑事訴訟法が改正され、殺人罪に対する公訴時効がなくなり、かつ、刑事訴訟法の附則は、改正法施行時点において公訴時効が完成していない罪については新法を適用するとしていることから、同事件についての公訴時効も撤廃されることとなったわけです。

 なお、前記共犯者は2017年2月に亡くなり、同人に対する公訴は、被告人死亡により公訴棄却の決定がなされました(刑事訴訟法339条第1項第4号)が、もはやこの事実は大坂被疑者の公訴時効に何らの影響も及ぼしませんでした。
 このような経緯により、大坂被疑者に対する46年前の殺人の被疑事実に関する公訴時効は未だ完成していないとの結論に至りました。

 法律の改正やその適用の難しさを実感させるニュースですので、今回ご紹介させていただきました。