わいせつ物頒布等の罪に問われていた漫画家の「ろくでなし子」こと五十嵐恵被告人に対する第一審判決が、平成28年5月9日に東京地方裁判所であり、起訴内容の一部について無罪、その余について有罪とする判決が下されたとのニュースがありました。判決要旨は、「ろくでなし子被告に一部無罪 判決の要旨 / 朝日新聞デジタル」(※)でみることができます(会員登録が必要です。)。

※ろくでなし子被告に一部無罪 判決の要旨 / 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ596JFVJ59UTIL05V.html

1.起訴内容と争点は?

 今回の裁判でろくでなし子氏が問われたわいせつ物頒布等の罪は、刑法第175条に規定されています。

刑法第175条(わいせつ物頒布等)

1 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

2  有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

 起訴内容は、
① 都内のアダルトショップで女性器をかたどった石膏様の造形物3点を展示したこと(わいせつ物陳列罪、刑法第175条第1項第1文)。
② 不特定多数の者に、女性器の三次元データファイルをインターネットを介して頒布しようと考え、同データをインターネットを通じて9人に頒布した(わいせつ電磁的記録等送信頒布罪、刑法第175条第1項第2文)。
でした。

 本条は、古くから争点の多い条文であり、多くの裁判例・判例が積み重ねられてきています。例えば、「わいせつ」とは何か、ちゃんと定義できないのではないか、あいまいすぎて国民の行動規範たり得ないのではないかとか、わいせつ表現も重要な表現活動であり、これを刑罰をもって禁圧するのは憲法で保障された表現の自由に反するのではないかとかです。

 本稿では、これらの憲法上の諸問題には詳しくは踏み込みませんが、今回の裁判でも、「わいせつ性」は大きな争点となったようです。

2.わいせつ物頒布等の罪とは?

 刑法第175条は、社会的法益としての健全な性風俗あるいは公衆の性的感情を保護することを目的とするとされています。何が健全な性風俗なのか、公衆の性的感情って何なのか、当然に疑問を持たれる方が多いと思います。今までの裁判でもこれらは繰り返し争われてきました。

 わいせつ表現に関する最高裁判例は多数に上りますが、現在この分野の先例上その嚆矢とされているのは、最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号997頁(チャタレイ夫人事件)です。同判例は、わいせつについて、「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」ものをいうと定義しました(従来の大審院以来の判断を基本的に承継したものです)。これに続く諸判例も、多少の表現上の揺らぎはありますが、基本的にこの定義を踏襲しています。そして、わいせつ性該当の判断は、「一般社会において行われている良識すなわち社会通念」をもって判断するとしています。

 もっとも、その後の最二小判昭和55年11月28日刑集34巻6号433頁(四畳半襖の下張事件)は、「その時代の健全な社会通念に照らして」という言葉を用いており、時代によりわいせつ概念が移り変わり得ることを示唆しています。

 また、インターネット時代の到来を背景にデジタルデータによるわいせつ表現等も問題になるようになったことから、平成23年に刑法第175条が改正され、電磁的記録に関する規定が追加されました。

3.わいせつ規制と表現の自由、芸術性の関係

 判例は一貫して、よって立つ理論はともかくとして、わいせつ規制は憲法に反しないとしています。
 他方、わいせつ性と芸術性との関係については、判例の軸足は少しずつ変遷しているようにも思われます。

 チャタレイ事件では、判例は、芸術性とわいせつ性は別次元の概念であるとして、いわば一刀両断の判断をしていました。しかし、最大判昭和44年10月15日刑集23巻10号1239頁(悪徳の栄え事件)は、「芸術性・思想性が、文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合があることは考えられる」とし、さらに、最三小判平成20年2月19日民集62巻2号445頁(メイプルソープ写真集事件)は、「芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在、本件各写真の本件写真集全体に占める比重、その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたとき」との判断基準に照らし、わいせつ性が否定されるとの判断を示すに至りました。

4.本判決の要旨

⑴ わいせつ性の判断基準について

 従来の判例を踏襲する。

⑵ 具体的判断

①造形物について

 表面の一部が毛皮でおおわれていたり、縞模様でラメ加工されていたり、クリーム・ビスケット・いちご・真珠のようなものがデコレートされていたりする。これら各造形物は、「ポップアートの一種ととらえることが可能であり、芸術性・思想性さらには反ポルノグラフィーティックな効果が認められ、表現された思想と表象との関連性も見出すことができる。従って、各造形物は一定の芸術性・思想性を有し、それによって性的刺激が緩和されるといえる。…各造形物は主として表現の受領者の好色的興味に訴えるものとは認められない。」から、わいせつ物に該当しない。

②デジタルデータについて

 各データは3Dスキャンにより作成されたもので、女性器周辺部分について立体的かつ忠実に再現されている。データの再生にはソフトが必要だが、ソフトを使用すれば容易にデータの閲覧は可能となる。受領者は、データを加工等することで創作活動に利用でき、芸術性や思想性を含んでいるといえる可能性もある。しかし、各データ自体から、被告人の創作活動の一環としての芸術性等を直ちに読み取ることはできない。したがって、わいせつな電磁的記録にあたる。 

5.残された課題

 上記4.でみたように、第1審判決は造形物に関するわいせつ物陳列の罪について無罪、デジタルデータに関するわいせつ電磁的記録等送信頒布の罪について有罪と、その判断を区分しました。

 筆者は本稿執筆時点で判決全文には接していないので、詳細は不明ですが、報道を基にする限り、対象物ないし対象記録自体と表現の関連性から、芸術性・思想性がわいせつ性を緩和させる程度が異なるとして、判断を区々にしたもののように思われます。
 もっとも、被告人は本判決を受けて即日控訴しており、判決は確定していません。

 同じデータを基にした2つの起訴事実がわいせつ性を異にするという理由で異なる結論に至ることは、法律家としてはあり得べきことかとも思いますが、一般の皆様方の目にはどう映るのか興味深いところです。また、控訴審が第1審の事実認定や法的評価をそのまま維持するのかどうかも注目されます。
 この訴訟は、まだしばらく世間の耳目を集め続けることになりそうです。

 いずれにしても、「わいせつ」の判断が非常に難しいということは、ここまでお読みいただいた読者の皆様にはお分かりいただけたかと存じます。万が一、「わいせつ性」が問題となる事案でお困りの方は、ALG&Associatesまでご相談ください。