今月4日の出来事です。
 報道によると、Aは、酒に酔って路上から自転車を1台盗み、線路上の公園から線路の上に同自転車を投げ落としました。自転車は線路上を走行してきた電車に衝突し、電車のほうは40分運転を見合わせることとなりましたが、幸いにも死傷者は出なかったようです。もっとも、自転車はフレームが折れ曲がり、ちょっと修理した程度ではとても乗れない状態です(写真を一見すると、折りたたみ型の一輪車のようでした。)。
 Aは「列車往来危険などの疑い」で逮捕されたようですが、さて、「列車往来危険などの疑い」とは一体どういうことでしょうか。

 列車往来危険罪(刑法第125条)です。刑法には「鉄道若しくはその標識を損壊し、又はその他の方法により、汽車又は電車の往来の危険を生じさせた」場合に犯罪が成立すると規定されています。

 本件のAのケースに即して要件をまとめると、以下のようになります。

 ① 鉄道若しくはその標識を損壊し、又はその他の方法を用いたこと
 ② 汽車又は電車について往来の危険を生じさせたこと

 ① 本条において「損壊」とは、「物質的に破壊してその効用を失わせること」と定義されます。今回は電車と自転車が衝突したようですから、電車がある程度物質的に破壊されたことは想像できますが、一時運転を見合わせたものの再運行ができたというところから察するに、電車としての「効用を失」うほどの破壊には至らなかったと考えられます。
 したがってAの件で問題となるのは、「その他の方法」です。

 ここでいう「その他の方法」とは、一般的に汽車や電車について往来の危険を生じさせるような方法である必要があります。
 話が前後するのですが、本条とは別に、刑法第124条は「往来妨害罪」を定めています。これは、陸路や水路を損壊または閉塞した場合に成立します(昨年7月24日刑事ブログ「道路にブロックを置く行為と往来妨害罪」)。罪に対する刑罰を比べてみると、往来妨害罪が「2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」であるのに対し、今回お話している往来危険罪は「2年以上の有期懲役」と規定されていますから、往来危険罪の方が重いことがお分かりでしょう。
 これは、汽車や電車が現代の重要な交通機関であって、大多数の人間を一度に運ぶという点で、往来妨害罪よりも特に厚い保護が必要だと考えられたためです。

 そのため、「往来の危険を生じさせるような方法」は、往来妨害罪の場合に往来の妨害を生じさせるような「閉塞」が非常に限定的に解釈されたのに比べて、実に色々な方法が含まれます。
 裁判例では、線路沿いの土地をパワーショベルで掘削した行為(最高裁平成15年6月2日決定・平成11(あ)697号/鉄道用電柱の周りの土砂が崩壊し、電柱が倒壊する危険があると考えられました。)、駅のホームから線路内に鉄製ゴミ箱2個を投げ込んで放置した行為(東京高裁昭和62年7月28日判決・昭和62(う)643号/電車は運転士の急制動措置のおかげで1個目のごみ箱を巻き込んだところで止まりました。)、貨物列車が接近中の線路上に火炎瓶を投げ込んで燃え上がらせた行為(大阪高裁昭和50年7月1日判決・昭和49(う)708号/貨物列車の一部であるエアホース部分について焼損する危険があったと認定されました。)などがあります。

 今回は、2例目の東京高裁の事案が近いでしょう。線路内にゴミ箱を投げ込んで電車にあたるようにさせたことが「その他の方法」と認定されていますから、同様に自転車を投げ込んで電車にあたるようにさせたとしても「その他の方法」にあたると思われます。

 ② 次に、「往来の危険」とは、「汽車又は電車の脱線、転覆、衝突、破壊など、これらの交通機関の往来に危険な結果を生ずるおそれのある状態をいい、単に交通の妨害を生じさせただけでは足りないが、上記脱線等の実害の発生が必然的ないし蓋然的であることまで必要とするものではなく、上記実害の発生する可能性があれば足りる」(最高裁平成15年6月2日決定・平成11(あ)697号)とされています。

 本件についてこの「脱線等の実害の発生する可能性」があるかどうかをみてみると、自転車が電車より先にレールの上に載ってしまうと、電車がレールをうまくつかめずに脱線する可能性はありそうです。自転車ほどの硬さ・大きさの物が走行中の電車に衝突すれば、運転席のガラスが割れて運転士に危害が及び、ひいては運転が著しく困難な状態に陥るということもあるでしょう。

 そうすると、今回、往来危険罪の成立に必要な①②の要素はみたされると思われます。

 なお、盗んだバイクというかbikeでの行為ですが、これについて窃盗罪(刑法第235条)が成立するかというと、初めから乗るつもりがなく、線路に投げ入れるつもりだったのであれば、自転車から経済的価値を得ようという意思(不法領得の意思)がないことになるので、成立しない可能性があります。もっとも、その場合にも、器物損壊罪は成立すると考えられます。