今月17日、山口県下関市の沖合で、パナマ船籍のタンカーAと日本船籍のタンカーBが衝突し、タンカーBから1万リットルを超える重油が海に流れ出すという事件が起きました。衝突地を管轄する海上保安部が、業務上過失往来危険罪で捜査しているそうです。
業務上過失往来危険罪とはなかなか耳慣れない犯罪ですが、どういう犯罪なのでしょうか。
これは、刑法129条2項に規定されています。
簡単に内容をまとめると、汽車・電車、艦船の交通上、必要な注意をして運転をしなければいけない人が、必要な注意を怠ったことから汽車・電車、艦船の転覆・破壊・沈没などの結果が生じたとき、その注意を怠った人に、3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金が科されるというものです。
本件の船舶衝突のケースに即して要件をまとめると、以下のようになります。
① 「その業務に従事する者」であること
② ①の者が船舶の交通上必要な注意義務を負っていたこと
③ ①の者が②の義務に違反したこと
④ 船舶に転覆、沈没、破壊の結果が生じたこと
⑤ ③のために④が生じたこと(因果関係)
①「その業務に従事する者」とは、船舶往来の業務に直接・間接に従事する者をいいます。たとえば、船長、航海士、灯台の監守者などがこれにあたります。
②について、海上衝突予防法は、海上における船舶同士の衝突を予防し船舶航行の安全を維持する目的で、横切り禁止や灯光の色・個数など、細かい定めを置いています。同法の主語は「船舶は」とありますが、実際には船舶の航行を支配する人がこの義務を負うことになります。
①に該当すれば、同法により、②はほとんど自動的にみたされることが多いでしょうが、2隻の船がどういう位置関係・速度関係にあったかなどによって、当時の「業務に従事する者」が具体的にどういう義務を負っていたかは異なります。
たとえば、対向の船舶が視界に入った段階で、衝突するかもしれないからと針路や速力変更を行うときは、はたから見てわかるほど大幅にしなければいけません。針路変更の方向は互いに右側です。
また、同一方向での追越しの場合は、追い越される方の船舶から十分距離を取らなければいけません。
今回は、まだ、どういった衝突事故だったのかという詳細が不明であるため、両船舶の支配者がどういう義務を負っていたかを具体的には論じることはしません。
③については、これも具体的な衝突の様子がわからない限り違反があったかどうかもわかりませんが、たとえば対向船舶どうしで衝突しそうだと思ったのに舵を左に切ったり、同一方向に進行しているにもかかわらずあえて先行船舶のすれすれを追い越そうとしたり、そういったことが義務違反の内容となるでしょう。
④の、船舶の「転覆・沈没・破壊」とは、必ずしも、船舶全体が水中に没することを意味するものではありません。ここでの破壊とは船舶の「実質を害して航行機関たる機能の全部または一部を不能ならしめる程度に破壊することをい」いますし(広島高等裁判所平成2年8月7日判決・平成元年(う)168号)、船舶の一部が水中に没したにすぎない場合であっても、④の要件をみたしたと判断されることはあり得ます。
今回のタンカーAとタンカーBは衝突後どうなったのか、ニュースからは明らかではないのですが、タンカーBから1万リットルを超える重油が漏洩したというところからして、タンカーAにもタンカーBにも、大きな破損が生じたのではないでしょうか。
その破損があるために、まともにこの船舶は航行できないだろうという状態になっていれば、④は充足されます。
⑤は、③も④も不明な状態では論じることが困難です。
しかし、いかに注意を尽くしていても、タンカーBから重油が漏れることは避けがたかったのだとすれば、⑤は否定されます。
タンカー同士の衝突から重油が海に漏れ出すと、当該艦船・周辺を航行する艦船、環境、財産等、広範囲に重大な影響を与えます。
事故の態様を明らかにし、犯罪捜査を進めていくこととともに、再発予防を徹底することが必要でしょう。