今回のテーマは、刑法93条に私戦陰謀罪とともに規定されている私戦予備罪です。
同罪の適用可能性が現実に問題になることがあるというのは、本当に驚きです。

私戦予備罪は、「外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備をした場合」に成立します。
まず、予備罪というのは、特定の犯罪行為について、準備段階から処罰を行おうとする規定です。刑法上には、私戦予備罪のほか、放火予備罪・殺人予備罪・強盗予備罪などがあります。なんとなく雰囲気をつかんでいただけるかと思いますが、たとえば虚偽告訴罪や器物損壊罪のような比較的軽微な罪とは違う、取り返しのつかない結果になりやすい重大犯罪について規定されています。

私戦予備罪がこれらの罪と違うのは、私戦既遂罪・未遂罪が無いことです。
「外国に対して私的に戦闘行為を行う」というのは、一般人が外国に本気で戦争を仕掛けたこと(さらにそれが通常の概念の「戦争」に該当するような大規模なものであること)で既遂になり、「あいつは本気でやりおるな。」と誰もが思うような段階に至ったところで未遂になります。刑法がつくられた時点では、まさかそのような一般人が現れるということは、おそらく想定されていなかったのでしょう。

予備罪は、未遂罪のさらに前段階で成立します。
すると私戦予備罪にあたる行為は、「あいつは本気でやりおるな。」と誰もが思うような段階に至る前の戦争準備行為ですから、たとえば、戦争で相手国及び周辺国との国交が途絶えた場合に備えて保存食を準備し、戦争を行うに足りる質・量の武器の調達を開始し、又は兵員・兵隊を募集することなどが考えられます。

今回ニュースになっている北大生の件は、そこまで行っているのでしょうか。
私がニュースで見聞きしている範囲では、難しいのかなと思うところです。

なお、「イスラム国に加わろうとした」今回のニュースの件を離れて、「イスラム国に対して」攻撃を行おうとした場合はどうなるかについて、最後に触れておきます。ここまで「私的に戦闘行為を行う」「予備」についてお話して参りましたが、その場合は、条文冒頭の「外国に対して」という部分が問題になります。

「外国」というのは、日本以外の国家のことです。外国の一地方や、特定の外国人組織は含みません。

日本のニュースでは、「イスラム国」の前に「イスラム過激派組織」という前書きが付いていますし、日本はイスラム国を国家としては扱っていません。イスラム国は、「国家」にはあたらないと考えられます。

すると、イスラム国に対して攻撃を行おうとした場合には、私戦予備罪では対応できない、という結論になりそうです。その他、騒乱罪や破壊活動防止法など、具体的事案に応じて適用法条が検討されることになるでしょう。