皆さんこんにちは。今日のテーマは、「偽装心中」です。

 刑法には、「殺人の罪」という章があります。通常の殺人罪の他に、自殺関与及び同意殺人罪が規定されています。
 自殺関与罪というのは、人を唆して自殺を決意させる(自殺教唆)、あるいは自殺の決意をした者に対し自殺行為を援助して自殺を容易にさせる(自殺幇助)犯罪です。
 さて、Aは、Bに別れ話を持ち掛けました。しかし、Bはこれに全く応じず、Aに心中しようと迫りました。心中なぞさらさらする気がないAは、BがAのことを熱愛し、Aが自分と一緒に死んでくれると思い込んでいるのに乗じ、Bだけを毒殺しようとして毒薬をBに飲ませ、Bを死亡させました。Bはあくまで自ら毒薬をあおり、死んでしまいました。
 このような偽装心中の事例で、Aが殺人罪に問われず、自殺教唆罪にとどまるのは、なんとも不合理ですね。

 同様の事案において、最高裁は、昭和31年11月21日の判決で以下のように判断しています。
 判例は、被害者が「真意に沿わない重大な瑕疵(かし、と読みます。欠陥という意味です。)ある意思」に基づいて死を決意した場合は、被告人は殺人罪に問われるべきだと判断しました。
 Bは、Aが実は自分の後を追う気がなく、自分だけが死ぬことになるとわかっていたら、自殺を決意することはありませんでした。Aの追死に関して誤信しているBの意思は、「真意に沿わない重大な瑕疵ある意思」であり、そのような意思に基づきBが自殺した以上、Aはより重い殺人罪に問われるべきだと判断したのです。

 なお、「重大な瑕疵ある意思」さえ認められれば、類似のケースが全て殺人罪になるかというと、そういうわけではありません。「追死する」と騙す行為が、行為者(上記事例でいうところのA)の他の行為(予め、毒薬や首吊り用の紐を用意しておく等)と併せ考えて、かかる騙す行為をとれば、一般的に行為者の思惑どおりに本人(上記事例でいうところのB)を死なせることができるといえなければ殺人罪には問われないのです。

 上記の判例も、一見シンプルな判断に見えますが、殺人罪という重い罪に問うために様々なロジックが使われているのです。

弁護士 上辻遥