前回は、使用者責任の「事業の執行につき」という概念についてお話ししましたが、今回は、2つの裁判例をもとに検討してみたいと思います(被害者をX、加害者をYとしています。)。

1 福岡地方裁判所飯塚支部平成10年8月5日判決

 この裁判の事案は、Yが自家用車で通勤中に事故を起こし、Xが負傷したものです。結論として、裁判所は、Yが勤めていた会社の使用者責任を認めました。

 この裁判において、会社は、車両がYの通勤のみに使用されていたものであり、会社の業務との関連性は全くないこと、車両はYの所有する自動車ではなく、かかる点でも会社と関係がないことなどから、会社はYの自家用車による通勤を事実上黙認していたに過ぎないと主張しました。

 これに対し、裁判所は、

 「通勤は、業務そのものではないが、業務に従事するための前提となる準備行為であるから、業務に密接に関連するものということができる。」「使用者としては、このようなマイカー通勤者に対して、普段から安全運転に努めるよう指導・教育するとともに、万一交通事故を起こしたときに備えて十分な保険契約を締結しているか否かを点検指導するなど、特別な留意をすることが必要である。」

ことから、使用者は原則として責任を負うとしました。

 この事案においては、会社がYに対して、マイカー通勤することを前提として通勤手当を支給していました。通勤手当はマイカーを使用するか否かにかかわらず、通勤距離に応じて全ての従業員に距離に応じて支給されていたものでしたが、判決は、通勤手当の支給により、会社はマイカー通勤を積極的に容認していたと結論づけています。

2 大阪地方裁判所平成2年2月2日判決

 事案は、タクシー運転手であるYが、タクシー乗務終了後、自家用車で帰宅途中、交通事故を起こし、Xが死亡したというものです。結論として、使用者責任は否定されました。

 会社は、駐車スペースがないため、マイカー通勤を原則として認めていませんでした。会社は、その方針を従業員の採用時に説明をしていましたが、一部の従業員がマイカーで通勤し、営業所構内にマイカーを駐車させていました。また、会社の担当者もそのような従業員がいることを知っていましたが、マイカー通勤を控えるように指導したり、届出を求めることもなく、会社は事実上マイカー通勤を黙認していました。

 裁判所は、会社が、従業員の自家用車による通勤を事実上黙認していたに過ぎず、会社の業務に使用したり、自家用車による通勤を支持、奨励したこともなく、Yの個人的な便宜のため通勤に加害車を使用したものと認定し、使用者責任を否定しました。

 なお、この事案においては、会社からマイカー通勤者に対して、通勤手当やガソリン代、維持経費等は支払われてはいませんでした。

3 まとめ

 2つの判決がどの事情を重視して判断が分かれることとなったのか、明確には分かりません。  ただ、両者の違いとして、通勤手当を支給するなどして、マイカー通勤を積極的に認めていたかどうかという点があります。

 交通事故に遭ってしまったとき、加害者本人に賠償するだけの経済的な余裕がないことがあり得ます。その場合に、資力のある使用者(会社)の責任を問うことができれば、被害者は適切な賠償を受けられうることになります。万が一事故に遭われた際、「業務」そのものの事故ではないと諦めず、使用者責任が問えないかご検討又はご相談なさって下さい。

弁護士 福留 謙悟