1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、『主婦の休業損害』と題して、家事従事者の方が、交通事故に遭われた際の休業損害に関する損害賠償請求の可否についてお話したいと思います。

2 主婦の休業損害

⑴ 損害賠償とは

 そもそも、わが国において、交通事故などによる権利侵害(以下「不法行為」といいます。)に基づく損害賠償にいう「損害」とは、一般に、「不法行為がなければ被害者が現在有しているであろう仮定的利益状態と、不法行為がなされたために被害者が現在有している現実の利益状態との間の「差額」」[1]をいいます。

 つまり、不法行為の有無にかかわらず、被害者が得る見込みがなかったような利益については、不法行為に基づく損害賠償の内容に含まれません。

 これは、わが国における不法行為に基づく損害賠償制度が、「社会に生じる損害の負担を公平かつ妥当に分配する制度」[2]であることに由来します。

⑵ 主婦に関する休業損害の問題点

 では、もっぱら家庭内の家事労働に従事している方が、交通事故に遭って負傷し、事故による怪我が治癒するまでの間家事ができなかったような場合、加害者に対して休業損害の賠償を求めることはできるのでしょうか。

 現実に生じた損害の填補を目的とする不法行為に基づく損害賠償制度の下では、家事従事者である被害者は、交通事故に遭わなかったとしても、もともと家事労働をすることによって賃金を得る見込みはなかった以上その者の休業損害はないものとして、家事従事者による休業損害の賠償請求は認められないのではないかが問題となります。

⑶ 裁判所の判断

 家事従事者に関する休業損害について、裁判所は、どう判断しているのでしょうか。

 結論からいえば、裁判所は、家事従事者に関する休業損害の損害賠償請求を認めています[3]

 なぜなら、そもそも「家事労働に属する多くの労働は、労働社会において金銭的に評価されうるもの」[4]です。たしかに、家事従事者「の従事する家事労働によって現実に金銭収入を得ることはない」[5]ものの、それは「家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行われないという特殊な事情」[6]によるものに過ぎないのだから、家事従事者に関する休業損害を認めることが不法行為に基づく損害賠償制度の趣旨に適うからです。

 そして、裁判所は、家事従事者に関する休業損害額の算定方法については、「現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である」[7]旨述べています。

⑷ 実務運用

 現在の実務において、主婦等家事従事者に関する休業損害は、賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金又は年齢別平均賃金によって計算[8]をするのが一般な取扱いとなっています。

[1] 潮見佳男「不法行為法」213頁。
[2] 我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝明「コンメンタール民法(第2版)」1285頁。
[3] 最判昭和50年7月8日・裁判集民事115号257頁。
[4] 最判昭和49年7月19日・民集28巻5号872頁。
[5] 最判昭和49年7月19日・民集28巻5号872頁。
[6] 最判昭和49年7月19日・民集28巻5号872頁。
[7] 最判昭和49年7月19日・民集28巻5号872頁。
[8] 例えば、加藤了「交通事故の法律相談[全訂版]」141頁など。

弁護士 伊藤蔵人