1 脳脊髄液減少症とは

 脳脊髄液減少症とは、何らかの理由で脳脊髄液が減少して頭痛や様々な全身症状が現れる疾患です。
 脳脊髄液減少症の代表的な症状としては座ったり立ったりしてから一定の時間内に頭が痛くなるというものがありますが(起立性頭痛といいます。)、必ずしもこの症状に限られるという訳でもありません。
 また、厚生労働省の研究チームが平成23年10月に脳脊髄液減少症の一部である髄液が漏出しているケースに関して画像判定基準を発表しておりますが、脳脊髄液減少症全体に関する研究は平成28年4月に開始されたばかりであり、この分野については決定的な診断基準が存在しないのが現状です(平成28年12月現在)。
 本日は脳脊髄液減少症に関する最近の裁判例を紹介しつつ、裁判で脳脊髄液減少症が認められるために重要なポイントについてご説明いたします。

2 大阪地裁判決平成28年1月28日(判例秘書登載L07150282)

 この裁判例では下記の事実から脳脊髄液減少症の発症は認められないと判示されています。

(1)事故直後から起立性頭痛を訴えていなかったこと

 脳脊髄液減少症を発症した場合には初期の時点で起立性頭痛が連日生じることが多いとされています。しかし、本件では被害者が事故後に受診した医療機関の診療録に「頸部痛、右手指や右足の痛み等」としか記載されていなかったため、事故直後から起立性頭痛であったという事実が認められませんでした。
 このように脳脊髄液減少症に関する裁判例では、他の交通事故の事件と同じように治療経緯が後遺障害の内容と矛盾しないかどうか検討される傾向があります。
 そして、裁判では何よりも医療記録の内容が重視されますので、仮に交通事故の直後から立ったり座ったりすると短い時間のうちに頭痛が起きる場合には、医師に詳細に症状を伝えておくべきです。

(2)RI脳槽シンチグラフィーの所見が膀胱内への集積であったこと

ア、RI(放射性同位元素)の膀胱内への集積だけでは裏付けとして不十分とされたこと

 本裁判例では被害者にRI(放射性同位元素)を注入してから1時間後には膀胱にRI(放射性同位元素)が集積していましたが、膀胱にRI(放射性同位元素)が早期に集積した場合には髄液が漏れている可能性が高いという見解に対しては反対する見解も有力であるため、この検査結果によって脳脊髄液減少症の発症が客観的に裏付けられるとはいい難いと判断されました。
 この部分について理解することはとても難しいですが極力簡単に説明します。

 まず、RI脳槽シンチグラフィーという検査の方法について説明します。RI脳槽シンチグラフィーとは、腰から針を刺してRI(放射性同位元素)を髄腔内に注入して、時間を経過させながら放射線の量が映るカメラで撮影することにより、髄液の流れ等を確認する検査です。簡単に言い換えると、髄液に色を付けて見えるようにしてから連続して写真をとれば漏れているかどうか分かるのではないかという方法です(実際には色が付いている訳ではありません。)。

 そして、一部の医師は、髄液が入っている場所に穴が開いて漏れているのでなければ、RI(放射性同位元素)の注入後3時間以内に血管を通じて膀胱に集まることは少ないと考えています。また、平成23年10月に厚生労働省の研究チームの発表が行われる前の裁判例には(大阪高等裁判所判決平成23年7月22日判例時報2132号46頁等)、同じような考え方を前提としているものもありました。本件の被害者は、このような考え方に基づいて、注入してから1時間で膀胱にRI(放射性同位元素)が集まっていたことは髄液が漏れていることの裏付けになると主張しました。

 しかし、厚生労働省の研究チームによると、髄液の漏れていない健康な人でも早期にRI(放射性同位元素)が膀胱に集まることがあるため、この検査結果は参考程度にとどめるべきだとされています。本裁判例はこの研究チームの見解等を参考にして、RI(放射性同位元素)が早期に膀胱に集積したという検査結果では脳脊髄液減少症の発症が客観的に裏付けられるとはいい難いと判断しました。