1.はじめに

 こんにちは、弁護士の辻です。
 今回は、事故後の家族関係の変動が、家事労働者の逸失利益に影響を与えるかについて検討したいと思います。

 家事労働に対する損害賠償が認められるためには、他の家族のために家事労働に従事していることが必要となります。
 そのため、事故後に家族関係が変動し、他の家族がいなくなった場合には、損害賠償が認められなくなってしまうのではないかという点が問題となります。
 具体的にどういう場合の話かと言いますと、事故後、息子が独立するなどして同居の家族がいなくなってしまい、自分ひとりのために家事を行っている場合などに問題となります。

2.検討

(1)裁判例

 まず、裁判例上、どのような判断がなされているか、ご紹介したいと思います。

 息子と同居していた専業主婦Xが事故に遭い、事故後、息子が結婚・独立したため、Xが一人暮らしになった事案について、裁判所は、「本件事故当時、息子の別居が客観的に予定されていたなどの事情を認めるに足りる証拠はない」ので、「症状固定時(当時58歳)以降、家事労働につき逸失利益を認めるのが相当」であるとしました(東京地判平成19年12月20日交民40巻6号1666頁)。

(2)検討

 上記裁判例では、息子が独立し、専業主婦が一人暮らしになったとしても、「別居が客観的に予定されていたなどの事情を認めるに足りる証拠はない」として、家事労働者の逸失利益を認める判断をしています。

 今回の問題とは多少事案や利益状況が異なりますが、被害者が症状固定後に死亡した事案について、「いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。」とした判例(以下、「平成8年判例)といいます。)があります(最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁)。

 平成8年判例は、「労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのである」という理論的な根拠を述べています。
 この理論によれば、上記裁判例の事案においても、Xの損害は交通事故時に発生しているのであるから、事故後に息子が別居したとしても、それが事故時に客観的に予定されていたという特段の事情がない限り、家事労働の逸失利益の算定にあたって事故後の息子の別居が考慮されることはないといえます。
 したがって、上記裁判例は、平成8年判例の流れにそった判決だと言えます。
 ただ、家事・介護の対象者である家族の死亡後について、家事労働の逸失利益を否定したといわれる裁判例もあるため(大阪地判平成11年7月29日交民32巻4号1240頁など)、この問題について決着がついたとまでは言えないかもしれません。

3.さいごに

 事故後に家族構成が変動することなどは、当然あると思いますが、それによって新たに生じる法的問題もあります。
 事故後の事情変動によって認められなくなる賠償なのか、相手方保険会社の言い分に納得がいかない場合などには、どうぞお気軽に当事務所までご連絡ください。