1 はじめに
相続は、相続人の間で様々な思惑が交錯することがあります。他の相続人から、「○○に必要だからこれにサインして」と言われた時、その書類がどのようなを持つのかを十分知らないままなんとなく署名してしまうと、後々トラブルの種となることがあります。
2 「相続分のないことの証明書」とは
相続分がないことの証明書とは、被相続人の生前、自身が被相続人から多額の贈与等を受けたことを認め、そのため、当該相続について自己の相続分が存しないことをが自ら認めるという書面です。
特別受益証明書などの表題が用いられることもありますが、基本的には同趣旨です。同書類は、主に被相続人名義の不動産の登記移転に用いられます。
3 登記移転の際の必要書類
不動産の所有権登記名義を移転する際の手続には、申請書類の他、登記の原因を証する情報の提供が求められます(不動産登記法61条、いわゆる登記原因証明情報)。
“相続”を原因とする場合、法定相続分どおりに共有登記する場合であれば、戸籍・除籍の謄本等により、相続の開始(現所有者たる被相続人の死亡)や、法定相続人の範囲等を証することができます。
しかしながら、被相続人名義の不動産を、法定相続人のうち一人の単独名義とするには戸籍・除籍謄本では足りません。
遺言に基づく場合でも当該遺言書(自筆証書遺言では検認済みのもの)が、遺言も存在しないのであれば、遺産分割協議書等が必要となります。
これは他の共同相続人が存在するためです。
他の共同相続人全員が相続放棄を行っている場合のように、当該相続について、単独名義での登記を行おうとしている者以外に相続人がいないことを証明すれば、遺産分割協議を行うまでもなく、単独名義での登記をすることができます。
他の相続人全員が相続放棄をしている場合であれば、相続放棄受理証明書を添付することになります。また、他の共同相続人が相続分の譲渡を行ったものである場合は、相続分譲渡証明書を提出することになるでしょう。
相続分がないことの証明書は、当該共同相続人自身に、自己の相続分が存在しないことを述べさせ、単独名義での登記を行おうとする者以外に相続分を有する者がいないことを明らかにしようとするものです。
4 その利点と問題点
遺産分割協議は、相続人全員で行わなければならないものです。相続分のないことの証明書は、これを回避するという意味では手続的に簡便と言えるでしょう。
しかし、その作成が真意ではなかった場合等、トラブルの根を深くする可能性もあります。
署名や押印を求められた書類の意味が良く分からない場合、漫然と署名してしまうことは、取り返しのつかない結果を招きかねないものです。相続の場面でも、そうでない場面でも、自己の判断に自信がない場合には、サインしてしまう前に、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。