皆様、こんにちは。
はじめに
当法人のブログ記事でも何度かご紹介させていただいておりますが、相続財産のみならず相続債務が存在するような場合に相続放棄(民法915条1項本文)の手段が採られることがあります。
相続放棄の手続は、家庭裁判所に申述書を提出して受理してもらうことになりますが、提出期限は「自己のために相続開始があったことを知った時から」3ヶ月以内とされております。この3ヶ月間は「熟慮期間」と呼ばれております。一般的には被相続人が亡くなったことを知った時からが、3ヶ月の起算点になりやすいと理解されています。
中には例外的に相続人の死亡を知った時から3ヶ月以上経過した場合でも、家庭裁判所に相続放棄の申述書を受理してもらえることがありますが、今回は、受理してもらっただけでは安心できないケースについてご紹介します。
(1) 事案の概要
両親と子2人の世帯での事案です。
父親が亡くなってしまいましたが、母親の借金を父親が連帯保証をしており、この借金は金融機関が代位弁済により取得している状況でした。そのため、金融機関は母親に加え、2人の子に対しても、父親の連帯保証債務を相続したことによりそれぞれ4分の1ずつ債務を引き継いでいるとして、支払いを求める訴訟を提起しました。
子のうちの一人は、父親が亡くなってから約3年後ではあるものの、上記訴訟の訴状を受け取ってから相続放棄の申述をし、家庭裁判所に受理されたので相続放棄が成立しており、父親の借金は相続していないとの主張をしました。
(2) 裁判所の判断
第1審の裁判所(大阪地裁平成2年2月28日判決)は、子の主張を認め、金融機関による訴訟提起に伴って訴状を受け取った日から相続放棄の熟慮期間である3ヶ月を数えるべきだとして、子の一人は借金を相続していないとの判断を下しました。
控訴審の裁判所(大阪高裁平成2年11月16日判決)は、熟慮期間の起算点の捉え方について、最高裁昭和59年4月27日判決で示された
「熟慮期間が設けられた趣旨からして、相続人が被相続人に相続財産が全く存在しないと信じ、かつ、被相続人の生活歴、交際状態その他諸般の状況から見て当該相続人に対し相続財産の有無の調査をすることが著しく困難な事情があって、相続人において相続財産が全く存在しないと信じるにつき相当な理由があるような、相続人が前記事実を知った時から熟慮期間を起算するのを相当でないとする特段の事情がある場合には、熟慮期間は相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識うべかりし時から起算するものと解すべき」
という判断枠組みを用いました。
本件では、子が父親に不動産等の相続財産があることを知っていた点、母が事業(ブティック)を営んでいることを知っており、会社員であった父親が保証人となる蓋然性もあるといえる点、父親の葬儀に際して母にかなりの負債があることを知っていた点から、子が母親や兄弟に相続財産の内容を確認することは容易であったとして、熟慮期間は父親が亡くなったことを知った時から数え始めるべきである、と判断しました。
被相続人が亡くなったことを知ってから3ヶ月を超える期間が経過した時点で、相続放棄の申述を受理してもらえるかどうかについては、家庭裁判所にやむを得ない事情をきちんと説明する必要が出てきます。
仮にそのような説明を経て相続放棄の申述を受理してもらったとしても、後々争われた場合に相続放棄の効果が一部覆ってしまうことがある、というのが今回ご紹介のケースです。
被相続人が亡くなる頃からの財産状況に対する認識が重要となってきますので、例えば、法律相談に来られた際に、こちらもご事情の聴取には注意しなければならないと思いますし、経緯を整理なさっておかれた方がお互い見通しが立てやすいのかと思われます。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。