高齢者関連事業については、数多くの事業者が参入したり、既存の事業者から独立するといった事象が生じているように見受けられます。

 近年では、会社から退職する場合には、誓約書などの取得により退職者に対して、競業避止義務を負担させることが一般的になってきています。

 そのため、既存の事業者から独立するといったことを一定程度防止する方策は採られていますが、このような誓約書についても、職業選択の自由との関係から、地域の制限や制約の期限、制約される内容に応じた経済的な利益の供与(例えば、退職金の支給などが上げられます。)があったかなどによって、退職後においても拘束力が認められるか否かは左右されています。そこで、有効と判断されやすい範囲を考慮して、地域については隣接都道府県程度に限定し、期間については1年から2年程度に定めておくことが広く行われています。

 他方、このような誓約書の取得ができていない場合には、退職後の独立を防ぐことは困難であり、よほど悪質な行為により顧客の奪取などが行われない限り、責任を問うことはできません。

 過去に、高齢者施設の事業者であるA社において、代表者Xとともに立ち上げ当初から関与していた従業員Yが、代表者Xの利益優先主義をとる経営方針に共感することができなくなり、当該施設を退職することを決意し、従業員Yが、利用者優先主義を方針として新たに高齢者施設を立ち上げることを周囲の従業員にも伝えたところ、従業員Yに共感する複数の従業員が共に退職するに至り、加えて、A社と契約していた関連事業者や利用者らの一部もYが新たに立ち上げる高齢者施設に契約関係を切りかえるといった事態に至ったため、代表者XがYおよび新たに立ち上げられた会社並びにYと共に退職した従業員たちを、競業避止義務違反として訴えたという事案があります。

 これらのような状況を踏まえても、裁判所は、Yおよび設立した新会社並びに退職した従業員ら全員について、競業避止義務に違反する点はないとして、Xの請求をすべて棄却しました。

 YがX社に在籍している間に関連事業者や利用者を積極的に勧誘したものではないこと、利用者自身の自由意思により利用する事業者を変更するに至っていることなどから、たとえ契約関係が変更されるにいたっていたとしても、責任を問えない旨判断しており、退職後の競業を防止することの困難さが現れています。従業員との信頼関係の破綻から、会社内における人材等が分裂してしまい、独立にいたるという経緯にいたっていることからすると、会社内における経営陣と従業員間における信頼関係の維持も一つの課題ではないかと思われます。