前回、前々回と残業代をテーマにご説明してきましたが、今回は、残業代の消滅時効についてご説明します。
消滅時効には、相手方の請求権そのものを消滅させてしまうという強い効果がありますが、労働基準法は、賃金について2年間請求しないことによって、時効により消滅することを定めています(労働基準法115条)。一般的に、残業代請求は「賃金の一部である残業代が支払われていないから支払え」という法律構成になりますので、2年間で消滅時効にかかることになります。つまり、残業代請求に関する事件においては、会社側は2年よりも前の部分の残業代については支払いを免れるのが通常といえます。
もっとも、裁判例の中には、賃金の請求とは別個の法律構成をとることによって、2年よりも前の部分の残業代請求を認めたものもあります。すなわち、会社が従業員に時間外勤務を命じておきながら、時間外勤務手当を支払わない行為等が、会社の「不法行為」にあたるとして、賃金請求の場合とは異なる時効期間を認定した裁判例があるのです。不法行為に基づく損害賠償請求権の場合、消滅時効期間は被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間となります(民法724条)。
たとえば、広島高裁平成19年9月4日判決は、原告の従業員が34年間会社に勤務し、1日あたり平均約3時間30分にわたる時間外勤務をしていたという事案です。
この事案では、会社側において、通常の時間外勤務は社員の自己啓発や個人都合であるという解釈が横行しており、時間外勤務手当を支払わないことが常態化していたにもかかわらず、残業代の請求が円滑に行われるような体制を整えず、黙示の時間外勤務を命じ続けた点が重視されました。結局、会社が労働時間の把握を怠った行為が不法行為と認定され、不法行為に基づく損害賠償請求が認容されました。つまり、当該会社は、通常の賃金請求であれば2年間の時効期間によって消滅したはずの1年分の未払い残業代についても支払を命じられてしまったのです。
残業代請求に関する事件において、不法行為に基づく請求がなされるケースは珍しいですが、会社が労働時間の把握を長期間怠ったり、法律上認められがたい理由(難癖)を付けて残業代の支払いを行わなかったりする場合は、3年間の未払い残業代の支払いが命じられる可能性があります。
物流業界においても残業代請求がなされるリスクが高まっている昨今、リスク回避のためにも日頃から労働時間管理を意識する必要があるといえるでしょう。