Ⅰ 事案の概要
Y1社は、金融、財務、資産管理等の総合コンサルティング業務を目的とする株式会社であり、Y2法人は、税理士法人であり、いずれも代表者や従業員がほぼ同一でした。Xは、平成22年1月1日、Y1社らとの間で税理士の補助業務を行うスタッフとして労働契約を締結し、同年9月末日にY1社らを退職しました。なお、Xは、公認会計士試験に合格していましたが、退職時までに税理士資格を有していませんでした。
Xは、Y1社らに対し、時間外労働についての割増賃金の未払いがあるとして、①割増賃金及びこれに対する最終給与支払日の翌日からの遅延損害金、②付加金及びこれに対する判決確定の翌日からの遅延損害金を、それぞれ連帯して支払うことを求めて提訴しました。
これに対し、Y1社らは、Xには専門業務型裁量労働制が適用されるなどと主張して争いました。
Ⅱ 争点
① 税理士以外の従業員に対する専門業務型裁量労働制が適用されず、割増賃金の支払いが必要となるか。
② Xが深夜労働及び法定休日労働に対する割増賃金の支払いを請求できるか。
③ Y1社らが遅延損害金を支払う場合の額はいくらか。
④ 付加金の支払うべき場合にあたるか。あたるとすればその額はいくらか。
Ⅲ 第一審判決の判断
争点①
専門業務型裁量労働制の対象となる「税理士の業務」は、税理士資格を有し、税理士名簿への登録を受けた者自身を主体とする業務をいうのであるから、税理士以外の従業員が、実質的に「税理士の業務」を行うものと評価して専門業務型裁量労働制の対象とするためには、少なくともその業務が税理士又は税理士法人を主体とする業務でなければならないと判断しました。
その上で、Y1社はそもそも税理士法人ではないため、Y1社の従業員でもあるXが、Y1社に対して提供する労務は税理士又は税理士法人を主体とする業務ではないとしました。そして、Xは、Y1社及びY2法人と雇用契約を締結しており、労務の提供先がY1社、Y2法人のいずれかは判然としないことから、Y1社に対する労務提供が「税理士の業務」でない以上、Xの業務について専門業務型裁量労働制を適用できないとしました。
争点②
Y1社らの就業規則には、みなし労働時間が所定労働時間を超える部分については割増賃金を支払うこと等を内容とする規定があり、裁量労働適用者が、休日又は深夜に労働する場合、あらかじめ所属長の許可を受けなければならないとされていました。
しかし、争点①について、Xが専門業務型裁量労働制の適用を受けないと判断されたことから、上記規定も適用されず、Xの所属長が許可を与えたかどうかを問わず、Y1社らはXに対し割増賃金を支払う義務があると判断しました。
争点③
遅延損害金の額については、賃確法等6条2項の適用除外は問題とならないため、同法6条1項の規定により、割増賃金201万4333円に対する平成22年10月6日から支払済みまで年14.6%の割合による遅延損害金を支払えと判断しました。
争点④
Y1社らの割増賃金未払いは、法令の解釈等を誤ったことに起因するものであり、必ずしも悪質とはいえないが、他方で本件訴訟では明らかに法令違反の主張を展開し、Xに対する未払割増賃金の支払いをしようとしなかった態度等からすれば、付加金として20万円を支払いを命じるのが相当と判断しました。
Ⅳ 控訴審判決の判断
争点①・・・結論は維持。理由づけが異なる。
専門業務型裁量労働制の対象となる「税理士の業務」は、税理士資格を有し、税理士名簿への登録を受けた者自身を主体とする業務をいうのであるから、Xが税理士となる資格を有せず、税理士名簿への登録も受けていなかったのであるから、専門業務型裁量労働制の対象とはならないと判断しました。
争点②・・・第一審判決を維持。
争点③・・・第一審判決を変更。
遅延損害金の額について、賃確法施行規則6条4号に「裁判所または労働委員会で争っていること」などが規定されていることから、賃確法6条2項の適用除外事由が認められるとして、Xの未払割増賃金に対する遅延損害金は、商事法定利率6%によるべきと判断しました。
争点④・・・第一審判決を変更。
付加金を命じるのは相当ではないと判断しました。
Ⅴ 本裁判例にみる実務における留意事項
本件では、専門業務型裁量労働制の適用につき、19種類の対象業務に該当するかどうかが争われました。基本的には、労基則24の2の2に規定された19種類の対象業務にあたるか否かについてはそれほど争いにならないのですが、周辺業務については対象業務該当性が問題となるわけです。第一審では労務提供先が2種類あり、その一つが税理士法人でないことを理由として該当性を否定したのに対し、控訴審はXに税理士資格がなく税理士登録をしていないことで否定しています。類似事件として、エーディーディー事件(大阪高判平成24.7.27)があります。
遅延損害金の計算は、賃確法6条2項の適用除外が問題となり、第一審では適用除外にあたらないので14.6%の遅延損害金の支払いが命じられ、控訴審は逆に適用除外にあたるので、原則に戻って商事法定利率の6%の遅延損害金の支払いが命じられました。したがって、訴訟係属している場合は、商事法定利率によると考えてよいと思われます。
付加金については、使用者側の態度等を総合的に勘案し、悪質な場合にその支払いを命じるということになりますが、今回は法解釈の適用を誤ったとのことが評価され、付加金の支払いを命じるほどのこととはなりませんでした。