Ⅰ.事案の概要
X(平成23年11月5日に満60歳となる男性労働者)は、平成21年3月11日、化粧品等を販売する株式会社であるY社との間で、A工場内において技術部として工場の施設や機械の整備、調整、修理、設計等を行う技術的な業務を行うことを内容とする労働契約(以下「本件労働契約」といいます。)を締結しました。
雇用契約書によれば、Xの雇用期間は平成21年3月11日からXが満60歳となる平成23年11月5日までと規定されていました。
Y社は、平成23年9月29日、Xに対し本件労働契約の更新は行わず雇用期間が満了する平成23年11月5日で本件労働契約が終了する旨を口頭で通知しました(以下「本件雇止め」といいます。)。
しかし、Xは、本件労働契約は有期労働契約ではなく期間の定めのない労働契約(正社員としての雇用)であり定年後の嘱託社員としての権利を有すること、本件労働契約が有期契約であった場合には本件雇止めが無効であること等を主張し、Y社を被告として民事訴訟を提起しました。
Ⅱ.争点
本裁判では、以下の4点が主要な争点となりました。
① 本件労働契約は有期労働契約なのか期間の定めのない労働契約なのか。
② 本件労働契約が有期労働契約であったとしても期間の定めのない労働契約に転化していたといえないか。
③ 本件労働契約が期間の定めのない労働契約に転化していないとしても本件労働契約の継続についてXの合理的な期待があったといえないか。
④ 本件労働契約が有期契約であった場合、Y社による本件雇止めは有効か。
Ⅲ.東京地裁平成25年12月25日判決の判断
争点①に対する判断
本件労働契約は雇用期間が明確に定められていた点や、Xは雇用継続への合理的期待が生じたことを理由に本件雇止めの撤回を求める文書を郵送しており本件労働契約が有期労働契約であることを前提にした行動をとっていた点に着目し、本件労働契約は有期労働契約であると判断しました。
争点②に対する判断
有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転化しているような場合とは、有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態となった場合であると判示したうえ、本件労働契約において雇用期間が明確に規定されている点や、一度も更新されたことがなく本件雇止めが行われた点に着目し、本件労働契約が期間の定めのない労働契約に転化していたと評価することはできないと判断しました。
争点③に対する判断
Xの担当業務は広く技術部全体に及ぶものであり臨時的な業務であったとは認めがたい点、雇用契約書には特約事項として60歳以降は6か月単位の嘱託契約が予定されているかのような記載があり、実際にY社の準社員就業規則には60歳以降の労働者を嘱託社員として雇い入れることが規定されている点等に着目し本件労働契約については契約継続に対するXの合理的な期待が存在したと認めるのが相当と判断しました。
争点④に対する判断
Y社は様々な雇止め理由を主張しましたが、裁判所はY社が主張する雇止め理由のうち、Xが重要な取引先に対し取引先やY社の利益を害する発言を勝手に行いY社の信用を著しく傷つけたこと、Xに属さない特許権についてX自身に属する旨を頑強に主張し続けたことが客観的に合理的な雇止め理由となると判断しました。
また、本件労働契約はそもそも有期労働契約であり、契約期間も2年8か月で一度も更新された事実がないこと等の事情からは契約継続につき期待があるといっても、さほど高度の期待があるとまではいいがたいことをあわせて考えると本件雇止めには、客観的に合理的な理由があり社会通念上も相当であるといえ本件雇止めは有効であると判断しました。
Ⅳ.本裁判例にみる実務における留意事項
有期労働契約であっても、期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態となった場合や、契約継続に対する労働者の合理的な期待が生じた場合など、労働契約の継続による労働者の利益が法的保護に値すると評価されるような場合には、雇止めについても解雇規制に類似する規制(以下「雇止め規制」と言います。)が及ぶことが最高裁判例により認められてきました。
現在、平成24年の法改正により雇止め規制は労働契約法第19条により明文化されています。
雇止め規制が及ぶかの判断要素としては、①職務内容や勤務実態の正社員との近似性、②雇用管理区分の状況、③契約更新の回数や勤続年数、④更新手続の態様や厳格さ、⑤使用者における雇用継続を期待させる言動の有無、⑥他の労働者の更新状況等の要素が考慮されます。
本裁判例は、一度も契約更新されていないにもかかわらずXの業務内容や雇用契約書や就業規則の内容に着目し雇止め規制を広く適用したうえで、雇止めの合理性判断の場面では契約更新が無いことを踏まえた実質的な判断を行った点に特色があります。
本裁判例を踏まえ使用者側が雇止めを有効に行うための留意事項を検討すると、雇用契約書に有期契約であることを明確にすること、正社員が行うような基幹業務に専属的に従事させないこと、労働者に契約継続を期待させるような内容の契約条項や就業規則を設けないこと、契約の更新手続を行う場合には有期労働契約の更新手続であることを明確にすること、使用者側が労働者に契約継続を期待させるような言動を行わないこと等に留意すべきであるといえます。
もっとも、雇止め規制が及ぶ場合においても、客観的に合理的な理由が存在し、かつ、雇止めを行うことが社会通念上相当であると認められる場合には雇止めが有効となりますので、雇止めを正当化する事由が生じた場合には使用者側において証拠を残しておくべきでしょう。