Ⅰ 着眼点
今回の裁判例で取り上げるのはうつ病です。従業員は、厳しい業務などが原因でうつ病になった場合、人事評価を危惧して会社に申告しないことがあります。そのため、会社が長期欠勤している従業員を解雇したところ、従業員から、解雇無効を理由に損害賠償請求訴訟等を提起されて初めて、欠勤の理由がうつ病であったことを知るということが起こり得ます。
会社としては、仮に事前にうつ病に関する情報があれば、業務の負担を減らす等の配慮をすることもできたと反論したいところでしょう。では、従業員がうつ病に関する情報を積極的に開示しなかったことは、会社の責任を軽減する理由になるのでしょうか。また、会社は、どの程度まで従業員の休養の理由を調査しなければならないのでしょうか。
Ⅱ 最高裁平成26年3月24日判決
(1)事案の概要
Xは平成2年4月にY社に入社し、平成10年1月から本件工場に異動し、技術担当として勤務していました。
Y社は平成12年11月頃から、世界最大サイズの液晶ディスプレイの製造に係るプロジェクトを立ち上げ、Xは同プロジェクトの一工程において初めてリーダーを任された(業務1)ことから休日出勤や午後11時を過ぎての帰宅等が多くなりました。業務1はトラブル・遅延・減員等順調ではありませんでしたが、平成13年5月中旬、Xは、業務1に加えて新規製品開発業務(業務2)及び同製品の問題対策業務(業務3)も担当するよう指示されました。業務2・3ともにXには新規の取組みであって準備が相当必要なものでした。Xは過重負担や体調不良を理由に業務3の担当を断ったほか、業務2の範囲も限定するよう求めましたが、Xの後任者が決まらず、Xの業務2の範囲は変わりませんでした。
このような状況の中でXは体調を崩し、長期療養中にも回復しなかったことから、同年9月3日以降、抑うつ状態で1か月の療養を要する旨の社外A医院の診断書を提出して有給休暇を取得し、休暇後一週間の勤務を行った後、A医院作成の当該内容の診断書を提出して欠勤を開始しました。その後、Xの欠勤がY社内所定の欠勤期間を超えたため、Y社はXに休職を発令し、さらにXが休職期間を超えてなお職場に復帰しなかったことから、休職期間満了を理由としてXを解雇しました。
これに対してXは、解雇が労基法19条1項により制限されており違法、無効であるとして、Y社に対し、安全配慮義務違反等による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償等を求めました。
なお、Xは平成12年5月のY社健康診断で不眠を訴え、同年6月本件工場の診療所で不眠症と診断されて薬剤を処方され、同年7月自宅近くの内科医で慢性頭痛と診断されて薬剤を処方されていました。Xはさらに、Y社が開設する社外の電話相談窓口に相談したことを契機として同年12月神経科のA医院を受診し、神経症と診断されて薬剤を処方されていました。Xは社内の時間外超過者健康診断で産業医に頭痛・めまい等を訴えていたほか、平成13年6月からは定期的にA医院を受診していました。しかし、Xはこれらの情報をY社に積極的に申告したことはありませんでした。
(2)争点
本判決の争点は、解雇無効と安全配慮義務違反が認められることを前提に、XのA医院への通院や病名、処方された薬剤等の情報を上司や産業医に申告しなかったことにつき、Y社がXのうつ病の発症を回避し又は増悪を防止する措置を執る機会を失わせたとして、XのY社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償の金額から過失相殺による減額をすることができるかどうかという点にありました。高裁は過失相殺を肯定したため、最高裁の判断が注目されていました。
(3)最高裁の判断
本判決は過失相殺を否定し、損害賠償の金額の減額を認めませんでした(金額の算定のため高裁に差戻し)。
本判決はまず、Xの業務負担が過重であったことを認めました。そして、XがY社に対し申告しなかった自らの精神的健康に関する情報は、「労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であ」るし、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」としました。
本件では、さらに、XがY社の健康診断でも不眠や頭痛等を訴えていたことも指摘し、Xの業務の過重、Xが体調不良のため相当日数欠勤していたこと、業務軽減の申し出をしていたこと等はY社に認識し得たとして、Xが自分の精神的健康に関する申し出をしなかったことを重視すべきでなく、過失相殺をすることはできないとされています。
Ⅲ 本裁判例から見る実務における留意事項
本件では、使用者の安全配慮義務の存在及びうつ病に関する諸事情が従業員にとって開示しづらい情報であることを前提に、①従業員の業務の過重、②従業員の健康診断での主訴、③従業員からの業務軽減の申し出等から、従業員が申告しなくても、使用者としては従業員の職務環境に配慮して従業員をうつ病にさせない(又は症状を増悪させない)よう措置を執ることができたのだから、従業員が情報を開示しなくても、損害額に影響を与えないという判断がされました。
そのため、使用者が従業員の職務環境に配慮してうつ病の発症・増悪を防ぐということはもちろんですが、仮に従業員が傷病のため欠勤・休職し、解雇を検討する必要があるときには、まずは従前の従業員の職務状況を調べ、上司や同僚等に本人の様子を聞き取り、診断書発行病院の診療科目等を精査する等して、従業員が業務上のうつ病で欠勤・休職した可能性を考慮する必要が生じます。