Ⅰ 断続的労働(労働基準法41条3号)について
雇われ医師等が医療機関において宿直勤務を行うことはよくあることですが、宿直勤務の間の給与等の扱いについては、必ずしも統一的な取り扱いがなされていないのが実情です。
宿直勤務としても実態が多種多様であり、少数の要注意患者等のバイタルチェック等の軽度かつ短時間の作業に従事するのが主で、たまに突発的な緊急患者の対応を迫られる程度のものから、時間外救急外来患者の受入等を行っており、通常の業務と遜色ない業務が断続的に行われ、睡眠時間もあまり確保できないものまであり得ます。
そこで、今回ご紹介する裁判例として、医師が医療機関において宿直勤務等を行った場合に、労働基準法41条3号における断続的労働に当たるかが争われた事例(大阪高裁平成22年11月16日判決、奈良地裁平成21年4月22日判決)をご紹介いたします。
まず、前提知識として、労働基準法41条3号における断続的労働について理解する必要があります。当該規定は、ある労働者が従事した業務が断続的労働に該当する場合、当該労働に従事した時間については、労働基準法において定める労働時間規制に係らず、賃金等の計算の基礎とはならない、といった旨を規定したものです。
そして、断続的労働とは、実作業が間欠的に行われて手待ち時間の多い労働のことであり、手待ち時間が実作業時間を超えるか又はそれと等しいことが目安とされています。
なお、当該規定が適用されるためには、行政官庁(労働基準監督署等)の許可を得る必要があります。
以上のような規定がある中で、医師の宿直勤務等が断続的労働に該当することはあるのでしょうか。
Ⅱ 事案の概要
本事案は、産婦人科医である医師であるXがY病院に勤務していたところ、所定労働時間は8時半から17時15分までであり、当該所定労働時間以外に、17時15分から翌日の8時半までの宿直勤務、及び日曜日の午後8時半から17時15分までの日直勤務、並びに自宅等にいるものの、連絡があった場合には応援に駆けつける宅直勤務(いわゆるオンコール業務)が存在していました。Xは当該所定労働時間以外の業務が労働時間に該当する旨を主張し、時間外の割増賃金を請求しました。
Y病院における産婦人科の宿日直医の業務は、入院患者の病状の急変及び外来救急患者の対応処置を行うものとされ、宿日直1回につき2万円の手当が支給されており、その後、宿日直中に通常業務(外来扱いの分娩等)に従事した場合には、当該時間のみに割増賃金を支払っていました。
なお、当時の労働基準監督署長は、Y病院に対し、宿日直の回数などを一定の付款を付して断続的な宿日直勤務の許可を与えていましたが、Xらの宿日直回数は当該付款の限度を大きく超えていました。
Ⅲ 奈良地裁判決
奈良地裁判決では、宿日直について、断続的な労働として労働時間に算入しないことは、労働基準法41条3号の適用除外の範囲を超えるものであると判断しました。
その理由として、Xらは、産婦人科という特質上、宿日直時間に分娩への対応という本来業務も行っており、その回数は少なくないこと、分娩の中には帝王切開術の実施を含む異常分娩も含まれ、分娩・新生児・異常分娩治療も行っているほか、緊急医療を行うこともまれとはいえず、また、これらの業務は全て1名の宿日直医師が行わなければならないこと、その結果、宿日直勤務時間中の約4分の1の時間は外来救急患者への処置全般及び入院患者にかかる手術室を利用しての緊急手術等の通常業務に従事していた実態からすれば、Xらのした宿日直勤務が常態としてほとんど労働する必要がない勤務であったということはできない、という点を挙げています。
以上の事実認定から、Xらは場所的拘束を受けるとともに、呼び出しに速やかに応じて業務を遂行することを義務付けられており、実際の診療時間だけでなく、診療の合間の待機時間も含めて、医師としての役務の提供が義務付けられているといえ、使用者の指揮命令下にあったと判断しています。
Ⅳ 大阪高裁判決
大阪高裁判決では、上記奈良地裁判決における事実認定を受け、医療機関における宿日直業務が労働基準法41条3号に違反するか否かについて、労働行政における取扱いに基づいて判断し、奈良地裁判決と同様に労働時間該当性を認めました。
具体的に、労働基準監督署の扱いとしては、「本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するものであって、状態としてほとんど労働する必要がない勤務であるととらえ、医療機関における原則として医療行為を行わない休日及び夜間勤務については、病室の提示巡回、少数の要注意患者の定期検脈など、軽度又は短時間の業務のみが行われている場合には、労働基準法41条3号の断続的業務たる宿日直として取扱い、病院の医師等が行う付随的宿日直業務を許可してきた」としています。
また、「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」(基発0319007号及び基発0319007号の2)において、「常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の提示巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的するものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的に見て睡眠が十分とりうるものであれば差し支えない」という適示があり、加えて、「宿日直勤務中に救急患者の対応等津城の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に十分な睡眠時間が確保できる場合には、宿直勤務として対応することが可能である」ものの、「その突発的に行われた労働に対しては、労働基準法37条に定める割増賃金を支払」う必要がある、とされています。
以上の行政の扱い及び通達等から裁判所が本件を検討した結果、上記奈良地裁の事実認定に加え、宿日直担当医の通常業務と主張する業務を実際に処理する時間以外の時間においても、宿日直業務から離れることを保証されていないことや、Y病院の産婦人科では、平成16年中には1445人の時間外救急患者を受け入れ、また397件の宿日直時間帯の分娩があったことから、当該業務は宿日直担当医において当然予定されていた業務であるという点から、「同勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に十分な睡眠時間が確保できる場合には到底当たらず、同勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど、常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合に該当する」と判断しました。
Ⅴ 本事案の検討
以上から、病院等における宿日直に関して、断続的労働とすることに関しては、行政による判断が重視されており、相当程度ハードルがあるものと考えられます。宿日直を断続的労働とすることができれば、病院側にとっては、賃金等の関係上有利なものとなり得ますが、上記の通達等を参考に、医師等の勤務の実態を十分に勘案の上、導入するか否かを検討すべきでしょう。特に、労働基準法41条3号の規定の導入に際しては、労働基準監督署の許可が必要であることから、導入に迷った場合には、弁護士等の専門家に加え、労働基準監督署にも相談の上、慎重に決定すべきものと考えられます。
なお、本事案においては、オンコール業務についても労働時間該当性が判断されておりますが、本件におけるオンコール業務は通常の病院等において行われているものとは異なり、病院等からの明示又は黙示の業務上の指示がないものであって、産婦人科の医師らが独自に行っていたものであったことから、労働時間該当性が否定されました。オンコール業務については労働時間該当性に関する判断が分かれるところであり、今後の裁判例等の蓄積が待たれるところです。
弁護士 中村 圭佑