1.労基法・労契法の適用を受ける「労働者」とは

 労働訴訟においては、個別具体的な権利義務の存否の他、そもそも当該訴訟の当事者が労働基準法や労働契約法の適用をうける「労働者」(労基法第9条、労働契約法第2条1項)に該当するか否かが争点となることがあります。

 この点、判例は労基法上の労働者性の判断基準として「使用従属性」という基準により判断しています。

 そして、「使用従属性」の有無を判断する要素として、①業務内容や遂行方法に対する指揮命令の有無、②仕事の依頼や業務指示等に対する諾否の有無、③就業場所や就業時間の指定や管理、④報酬の労働対償性、⑤労働提供の代替可能性の有無等の要素があげられます。

 具体的に争われた事案で、判断が微妙であった事件の裁判例として、新宿労基署事件の裁判例(控訴審)を紹介したいと思います。

 この事件は、いわゆる映画作成業務に携わる撮影技師の労働者性が争われた事案です。

2.事案の概要

 フリーのカメラマンであるXは、Yプロとの間で、Yプロが受注した映画の撮影技師として昭和60年10月から昭和61年5月までの期間において映画撮影業務に従事する契約を締結しました。

 Xは、監督、助監督その他のスタッフ、X自身が推薦した助手2名、照明技師1名と共に、宿泊、食事等も含めて常に集団行動をし、事前に作成された予定表に従ってロケ等の現場でカメラ撮影を行いました。

 ところが、昭和61年2月19日に宿泊先の旅館で倒れ、同月23日に脳梗塞により死亡しました。

 このため、Xの子であるA(原告・控訴人)がB労基署長(被告・被控訴人)に対し労働災害補償保険法に基づく遺族補償費の給付を請求したところ、Bは、Xは同法が適用される「労働者」には該当しないとして遺族補償費の給付の不支給処分を行いました。

 そこで、Aは不支給処分の取消しを求めて行政訴訟を提起しました。

 第1審(東京地判平成13年1月25日 労判802号10頁)はXの「労働者」性を否定し、Aの請求を棄却したためにAが控訴した事案です。

3.第1審判決(東京地判平成13年1月25日労判802号10頁)  

 第1審は、先に挙げた要素を総合考慮して「事故の危険と計算で本件映画の撮影業務に従事していた」として撮影技師を請負業務に従事する自営業者であると判断し、労働者性を否定しました。

4.控訴審判決(東京高判平成14年7月11日労判832号13頁)

 控訴審は、以下のように判示し、撮影技師であるXの「労働者」性を認定しました。

(1)労働者災害補償保険法上の「労働者」は、同法が労働基準法第8条「災害補償」に定める各規定の使用者の労働補償義務を補填する制度として制定されたものであり、労働基準法上の「労働者」と同一のものと解するのが相当である。

(2)労働基準法第9条の「労働者」に当たるか否かは、雇用、請負等の法形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきものであり、実際の使用従属関係の有無については、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、支払われる報酬の性格・額、使用者とされる者と労働者とされる者との間における具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、時間的及び場所的拘束性の有無・程度、労務提供の代替性の有無、業務用機材等機械(器具の負担関係、専属性の程度、使用者の服務規律の適用の有無、公租などの公的負担関係、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。

(3)Xの本件映画撮影業務については、XのYプロへの専属性は低く、Yプロの就業規則等の服務規律が適用されていないこと、Xの本件報酬が所得申告上事業所得として申告され、Yプロも事業報酬である芸能人報酬として源泉徴収を行っていること等使用従属関係を疑わせる事情もあるが、他方、映画製作は監督の指揮監督の下に行われるものであり、撮影技師は監督の指示に従う義務があること、本件映画の製作においても同様であり、高度な技術と芸術性を評価されていたXといえどもその例外ではなかったこと、また、報酬も労務提供期間を基準にして算定して支払われていること、個々の仕事についての諾否の自由が制約されていること、時間的・場所的拘束性が高いこと、労務提供の代替性がないこと、撮影機材はほとんどがYプロのものであること、YプロがXの本件報酬を労災保険料の算定基礎としていること等を総合して考えれば、Xは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供していたものと認めるのが相当であり、したがって、労基法九条にいう「労働者」に当たり、労災保険法の「労働者」に該当するというべきである。

5.控訴審判決の評価

 本件についてみると、Xは撮影技師という高度の技術的専門性・芸術的裁量が認められる職務に従事しており、その他にも使用従属関係の存在を疑わせる事情もあります。

 しかし、Xに撮影技師としての技術的専門性・芸術的裁量があるとしても、結局は監督の指揮命令及び最終決定権の下で限定的に発揮されるものであったこと、仕事の依頼や業務の指示などに対する諾否の自由が制約されていたこと、撮影に関する時間的・場所的拘束性も強かったことを考慮するとXの撮影業務はYプロの指揮監督下の労働であったと評価することが妥当であると考えられます。

 また、Xへの報酬の支払われ方が出来高払いではなくYプロで決められた日当×撮影日数で算定されておりYプロからXへ支払われるべき報酬の性質はいわゆる請負代金等ではなく、報酬には労働対償性がある賃金と評価することが妥当と考えられます。

 このため、XとYプロ間の使用従属関係を基礎づける本質的な要素に着目して詳細に検討したうえ、Xの労働者性を肯定した本判決の判断は妥当であると考えられます。

 このように、裁判実務においては契約形式にとらわれず、具体的実態に着目して労働者性の判断が行われますので、企業側としても注意が必要です。

弁護士 藤田 大輔