1.増加する職場内「いじめ」

 学校での生徒同士のいさかいや校内暴力といったイメージが強い「いじめ」。近年、職場内での「いじめ」も大きな問題となっています。

 職場内でのいじめ・嫌がらせと聞くと、セクハラやパワハラを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。実際、厚生労働省による調査でも、パワハラ等とそれ以外とを区別せず、「いじめ・嫌がらせ」とまとめてカテゴライズしています。これら性差別や上司の部下に対する嫌がらせについては、コンプライアンス意識の高まりに伴って、企業内でも対応を検討しておられる場合が少なくないと思います。他方、社内でハラスメントが疑われる事案が生じても、

 それが形式的にセクハラやパワハラにあたらないような職場内の人的トラブルであれば、従業員同士の人間関係の問題として看過されがちです。

 しかしながら、職場内でのいじめを原因として、会社が責任を問われるケースが徐々に増え始めています。

2.職場内いじめが問題となった事件

 さいたま地判平成16年9月24日は、職場内でのいじめに関して雇用者に損害賠償責任を認めたリーディングケースといわれています。

 この事案は、男性従業員が先輩従業員から殴る蹴るなどの暴力を受けていたほか、冷やかしやからかい、金銭の巻き上げ等のいじめを日常的に受けていたところ、当該男性従業員がいじめを苦に自殺したと認定し、加害者の不法行為責任を肯定。

 そして、会社に対しては、雇用契約に基づく従業員に対する信義則上の安全配慮義務があるとして、いじめが3年近くに及んでいること、いじめの様子は会社としても十分に認識し得るものであったこと、これを認識した上でもなおいじめを防止する措置をとらなかったこと、等を理由に、損害賠償請求を認めました(なお、細かいことですが、裁判所が認定したのは「いじめを防止する措置をとらなかったこと」についての責任に限定しており、会社としては従業員が自殺することまでは予見できなかったとして、死亡についての損害賠償請求は棄却しています)。

 その他、職場内いじめを理由として会社が損害賠償請求を受けるケースは最近になって増加の一途をたどっており、最近の裁判例では、社内での組織的ないじめやいびりを放置したとして会社に対する損害賠償請求を一部認めた東京地判平成24年3月30日、自衛隊内において先輩からのいじめにより死亡した後輩による国家賠償請求を認めた静岡地浜松支判平成23年7月11日、などがあります。

3.裁判例の検討

 職場内いじめで会社の責任が認められたケースの多くは、会社が従業員に対して負う安全配慮義務違反を根拠としています。この法律構成は、パワハラやセクハラ等によって従業員が心身の不調に陥ったような場合と同様です。その意味では、上記裁判例は、企業に課せられる安全配慮義務違反の射程について判断した一事例といえそうです。

 もっとも、パワハラなど業務上の指揮命令監督権に裏付けられた嫌がらせ等にとどまらず、従業員同士のいさかいの延長にある「いじめ」についても、企業としてこれを認識した以上は何らかの対処をすべきとした点には着目すべきです。

 「いじめ」といえば、学校内での生徒同士のトラブルと捉えられがちですが、社会人同士であっても、一方的な人格攻撃は立派な「いじめ」。職場内の環境を維持・向上するという観点からも、従業員間の人間関係についても、意識を払わなければならない時代になったのかもしれません。