最近、デイサービス事業を営む社会福祉法人における指導監督により、介護員が精神障害を発病し、自殺に至った事案について判決が行われましたので、ご紹介したいと思います。

 事案の概要は、市からの委託を受けてデイサービス事業を営む社会福祉法人が運営するデイサービスセンターにおいて、介護員として勤務していたXが、当該デイサービスセンターの運営を事実上取り仕切っていた生活相談員であるAからの指導等によって、うつ病エピソードを発症し、自殺してしまったというものです。

 高齢者施設の事業主は、労働者が心身の健康を損なう結果の生じないよう注意する義務があるとされており、安全配慮義務と呼ばれています。安全配慮義務に違反した結果、労働者に生じた損害は、使用者が賠償しなければなりません。

 当該裁判例では、介護員であるXが、介護の技術にやや劣った面があり、期限までに何かをすることが不得意であったことが認定され、一方でAについては、当該デイサービスセンターの運営はAを中心に回っており、責任感が強く、事故が起こらないよう素早く指示する能力のある人物と認定されています。そのため、AからXに対する指導の回数も自然と多くなり、時には叱責することもあったとされています。

 Aによる叱責の場面では、他の職員の前で行われたり、利用者の前で行われたりすることもあり、過去の失敗を持ち出し、「どうしていつもあなたはそうなの。」などと問い詰めることもありました。

 叱責を繰り返し受けた結果、Xの判断能力と作業能力はますます低下してしまい、自分が担当すべき仕事ができず混乱するようになり、Aに叱責されると、顔色が変わり固まっているのが良く目につくようになります。この頃、Xは、Aに人格を否定されていると感じると家族に伝えるようになりました。

 その後、他の職員らは、デイサービスセンターの人事異動の権限を有する責任者へ、AとXのどちらかの配置転換、又は、介護の職員を増員してもらうよう申し出を行いましたが、当該責任者は、いずれの措置もとりませんでした。

 裁判所は、介護サービスに過誤や疎漏があってはならないという強い責任感のもとに行われた指導であることには一定の理解を示しつつも、顔色が変わり固まっている状態を見ながらも、叱責を繰り返し行ったこと等から精神障害を発症したと認め、人員配置上の配慮も行わなかったために安全配慮義務違反があると判断し、合計約5800万円の損害賠償請求を認めました。

 介護事故を未然に防止するための指導監督は必須です。しかしながら、一方で労働者に対する安全配慮義務を怠ることは大きなリスクとなりますので、労働者に何らかの異常が見られたり、多くの労働者からの申告があった場合には、労務環境の改善に早急な対策が必要と考えられます。