1. 宅建業法31条1項(業務処理の原則)の趣旨

 宅建業法31条1項は、「宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行わなければならない。」と規定し、宅建業者が「取引の関係者」に対し、誠実義務を負うことを定めています。

 宅建業者は、宅地建物取引業という社会的地位に就き、不動産取引に関する専門知識と豊富な経験を有する者として、かかる知識と経験を有しない一般人から信頼される立場にあります。そのため、宅建業者が宅地建物取引業務を行うに当たっては、取引関係者に対し、その信頼を裏切らないように誠意をもって行動することが求められます。このような理由から、同条項によって、宅建業者の誠実義務が定められています。

2.「取引の関係者」とは(最高裁昭和36年5月26日判決)

(1)

 宅建業法31条1項は、宅建業者が誠実義務を負担する相手方として、「取引の関係者」と定めています。

 上記1で述べた宅建業法31条1項の立法趣旨からすれば、宅建業者が売買契約等の当事者として取引をする場合の契約の相手方や、宅建業者が売買等の媒介・代理として取引に関与する場合の委託者が「取引の関係者」に含まれることに異論はないと考えられます。

(2)

 問題は、宅建業者が売買等の媒介・代理として取引に関与する場合の取引の相手方といったように、宅建業者と委託関係にない取引の相手方(非委託者)も、「取引の関係者」に含まれるか、です。

 この点については、リーディングケースである最高裁昭和36年5月26日判決が、委託関係のない契約の相手方に対しても、宅建業者が注意義務を負う場合があることを認めています。

 事案は、Aから土地賃貸の仲介を依頼された宅建業者Y1が、Xから土地賃借の仲介を依頼された宅建業者Y2に対しAを紹介し、さらに、Aを土地所有者としてXと面接させ、契約書にも立会人としてY2とともに署名捺印したところ、実はAと称していたのは、Aと身分関係も賃貸の権限もない他人Bで、BがAの印鑑等を偽造してXから金銭の詐取を企てたものであったことから、XがY1及びY2に対して、損害賠償を請求したというものです。

 原審である東京高裁昭和32年11月29日判決は、免許登録を受けて不動産の売買賃貸等の仲介業を営む者は、これらの取引に関し専門的知識や経験を有する者として委託者はもちろん一般第三者もこれを信頼し、これら業者の介入によって取引に過誤のないことが期待されることからすれば、たとえ委託関係がなくても、仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者に対しても、信義誠実を旨とし、取引上の過誤による不測の損害を生じさせないよう配慮すべき業務上の一般的注意義務を負う旨判示し、Y2について、一般不法行為(民法709条)に基づく責任を認め、最高裁も、かかる原審の判断は相当であると判示しました。

3.「仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者」の意味

 上記判例によれば、仲介業者は、一般第三者に対して無限定に業務上の注意義務を負担するわけではなく、「仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者」に対して、業務上の注意義務を負担することになります。

 そして、かかる第三者に対する注意義務の発生根拠が、「専門的知識と経験を有する宅建業者に対する信頼」の点にあることからすれば、「仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った」ことを基礎づける事実としては、宅地建物取引の過程において仲介業者として関与したことが重要な事実として挙げることができるでしょう。

 上記事例でいえば、賃貸人側の仲介業者であるY1が、Aと称するBが不動産賃貸の取引主体として不適切であったにもかかわらず、その点について十分な調査をしないままY2やX本人にBを紹介したこと、XがかかるY1からの紹介を信頼して賃貸借契約を締結したこと、Y1が当該賃貸借契約締結の場に立ち会い、自ら仲介業者として署名捺印していること等の事実が、「仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った」ことを基礎づける重要な事実になると考えられます。

4. 第三者に対しても業務上の注意義務を負担することの意味

 第三者に対し業務上の注意義務を負うことが、直ちに第三者に対し責任を負うという結果につながるわけではありません。

 しかし、具体的事案の下で、注意義務に違反したと判断される場合には、一般不法行為の規定(民法709条)に基づき、仲介業者は第三者に対して損害賠償責任を負うことになります。

 したがって、宅建業者としては、委託者との関係のみならず、「仲介業者の介入に信頼して取引をなすに至った」第三者に対する関係でも、事案に応じた注意義務を尽くすことが肝要となります。

 この問題点については、上記リーディングケース以外の裁判例もありますが、その内容については、また別の機会にご報告したいと思います。