賃貸借契約書において、例えば「賃料を滞納した場合には、賃貸人は、本件建物内に立ち入ることができるものとし、賃借人はこれに異議を述べない。」と定められていることがあります。はたして、これらの条項に基づき、賃貸物件への立ち入りを行うことは、当事者間で合意されたことを実行しているものとして許されるのでしょうか。

 最高裁の判例においては

「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。」

と判断されており、原則として違法であり、極めて例外的に適法となり得るとの判断が示されています。

 最高裁が判断した事件においては、前述のような定めが契約書に定められていない事案でしたが、その後の裁判例において、自力救済を定める条項は、「権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合」以外は、公序良俗に反するものとして定め自体が無効と判断されることがほとんどです。

 しかしながら、例外的に認められた事例も少ないながらも存在します。例えば、東京高裁昭和51年9月28日判決では、既に休業中であった店舗について、契約成立後約半年の時点で賃料の滞納が始まり、1年以上の賃料が滞納されたため、契約解除の通知を送付したものの、特段の連絡もなかったので、入室を禁じる旨告示書を建物に貼り付けたうえで、鍵を交換したところ、賃借人が鍵を破壊して入室した事案において、

「従来の行動等から、控訴人(賃借人)に対する信頼の念を全く失い、…自己の権利を実現して損害の拡大を防止し、あわせて保安上の問題をも解決する必要があるとの考えから前記のような措置に出たものと推認され、…賃貸人の権利行使として社会通念上著しく不相当なものとまではいえない」

と判断されました。

 実務上は、合意の有無によって自力救済の可否が左右されることはなく、実際に立ち入ることを決断した事情等が重視されざるを得ず、自力救済が認められる範囲は極めて限定的になりますので、法的手続による建物明渡を速やかに行うべきでしょう。