相談内容
当社は、今まで、従業員を会社にいったん集合させてから、会社の車で現場に向かわせていたのですが、ガソリン代が高騰したのを受けて、従業員から「自家用車で現場に行くことにするからガソリン代見合いで、少し給料上げて欲しい」という要望が出てきました。
そこで、マイカー通勤を容認し、現地集合・現地解散ということにしてみたところ、これが意外とうまく機能し、移動のための無駄な時間が減り、会社としては大きなメリットにつながりました。そこで、ガソリン代の高騰が収まった後もこの制度を続け、昨年末には、必要がなくなった会社の車をほとんど処分してしまいました。
ところが、この間、当社の若い従業員が朝まで飲み明かし、酔いが覚めない状態で飲み屋からマイカーで現場に直行してしまい、その途中で事故を起こしてしまったのです。ケガ人が出なかったのが不幸中の幸いだったのですが、T字路で結構なスピードで突っ込んで、ブロック塀を破損させてしまったのです。
そして、最悪なことに、その従業員は任意保険にも入っていなかったため、破損させてしまったお宅の修理費が支払えないということが発覚したのです。そうこうしているうちに、そのお宅のご主人から、当社に対して、「修理代と慰謝料、合計500万円支払え」という内容証明が届いたのです。
確かに、当社の従業員が起こした事故ですけど、勝手に酔っぱらって起こした事故です。このような事故に賠償責任を負わされていたら、会社なんてやっていられません。当社に賠償金払う義務なんかないですよね??
回答
1.使用者責任
従業員にマイカー通勤をさせると、設例のような経費削減や時間短縮につながることがあり、特に自動車での移動頻度が高い地方の企業等においては、マイカー利用を前提とした通勤体制を構築する企業も多いようです。
しかし、マイカー通勤制を採用することは、設例のようなメリットばかりではありません。マイカー通勤をする従業員が事故を起こした場合、従業員個人が負うべき損害賠償義務を、企業が負わされるリスクが存在するのです。
つまり、民法第715条は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。これは、「たくさんの従業員を働かせることにより、大きく儲けている企業については、当該従業員の業務遂行中の不始末についても責任を負うのが公平だ」(報償責任の法理)という考えに基づき、民法上の自己責任原理に大きな修正が加えられているのです。
2.マイカー通勤制のリスク
もちろん、民法第715条は、従業員が惹き起こしたあらゆる賠償義務を企業が負担せよ!と言っているわけではなく、企業が賠償義務を負うべき範囲を「その事業の執行について第三者に加えた損害」に限定しています。
しかし、裁判の動向をみると、「その事業の執行について」という概念は拡張の一途を辿っており、「私生活」か「勤務中」か微妙な場合、ことごとく「勤務中」とみなされ、企業側に賠償責任を負担させる方向での司法判断が増加しています。また、「マイカー通勤を建前では禁止していたけれども黙認していた」というような事例におけるマイカー通勤中の事故について、会社に賠償責任を負わせた裁判例も存在します。
このように、マイカー通勤を認めた企業については、通勤中に従業員が起こした事故について責任をとらされるというリスクが発生することになるのです。
3.本件について
本件の場合、マイカー通勤を会社の制度として認め、奨励すらしているような状況ですので、今回の件で損害賠償を免れるのは厳しいと思われます。
しかし、まず指摘できるのが、本件は塀が破損しただけでケガ人が出ていない事案なので、「慰謝料」については、そもそも支払う義務がありません(いわゆる物損事故の場合、慰謝料請求は認められません)。さらに、塀が破損したとはいえ、被害はさほど大きくなく、ブロック塀自体もかなり古いものです。被害者としては、今回の件に乗じて塀全体を一挙に修繕しようと目論んでいる可能性もゼロではありません。
まずは、賠償金額について被害者側と交渉を行うことが主な対応になるかと思いますが、減額の可能性は高いと思います。
また、今後の話ですが、本件のような事態を防ぐ方法としては、①「マイカー通勤を明確に禁止し、黙認もしない」という制度に戻すか、②「マイカー通勤を容認しつつ、厳格なリスク管理をする」という体制にするか、いずれかの方法が考えられます。
②の方法を選択するのであれば、「リスク管理」として、任意保険加入を絶対条件とし、かつ3年以上無事故無違反の者に限定し、さらに、いざとなったときに賠償義務を負担させる身元保証人も増やす、といった入念なリスク予防体制の導入を検討すべきでしょう。
弁護士 細田大貴