Ⅰ.最高裁判決事案の概要

 平成24年4月27日最高裁判決(以下「日本HP事件最高裁判決」といいます。)によると、以下の事実関係が認定されています。

 従業員Aは、被害妄想など何らかの精神的な不調により、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からその依頼を受けた専門業者や協力者による盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有していました。

 そのために、従業員Aは、同僚らの嫌がらせにより自らの業務に支障が生じており自己に関する情報が外部に漏えいされる危険もあると考え、会社に上記の被害に係る事実の調査を依頼したものの納得できる結果が得られず、会社に休職を認めるよう求めたものの認められず出勤を促すなどされたことから、自分自身が上記の被害に係る問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ会社に伝えた上で、有給休暇を全て取得した後、約40日間にわたり欠勤を続けました。

Ⅱ.最高裁判決が示した方向性

 以上のような事実関係の下、日本HP事件最高裁判決は以下のような方向性を示しました。

 このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である会社としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、会社の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきである。

 このような対応を採ることなく、従業員の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとは言い難い。

 そうすると、以上のような事情の下においては、従業員Aの上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるというべきである。

Ⅲ.メンタルヘルス不調者に対する会社側対応の留意点

 メンタルヘルスに不調を抱える者が欠勤を繰り返す等した場合、会社側としては労働力が減少することから、当該従業員の退職や解雇をすぐに検討し始めたくなるのでないでしょうか。

 しかし、今回ご紹介した日本HP事件最高裁判決をご覧いただければわかるように、メンタルヘルスに不調を抱える者に対する会社側の対応は可能な限り慎重であるべきです。特に、メンタルヘルスに不調を抱えた従業員の退職や解雇をすぐに検討することは避けるべきだと思います。

 それでは、どのような対応を採るべきでしょうか。まずは、就業規則の規定に基づき医者に診断してもらい診断書の提出を促す必要があります。これにより、当該従業員が抱えているメンタルヘルスの不調の程度を把握することができます。このように、まずは当該従業員に生じている事実関係をしっかりと把握することから始めるべきでしょう。

 その後、当該従業員の会社での勤務が困難であると判断された場合は、就業規則にある休職規定を活用する必要があります。会社側が用意している休職制度は通常、会社での勤務が今後可能になるか否かを判断するための制度であって、退職や解雇の猶予制度として機能することになります。そのため、休職制度を設けている会社は、まずは休職処分を検討する必要があります。

 このように休職制度を適用しても休職期間内に当該従業のメンタルヘルスの不調が回復しない場合に初めて、当該従業員の退職や解雇を検討することになります。

 以上のような手続きは、一見面倒に思えるかもしれませんが、安易に解雇等の処分を行い、その後訴訟等の紛争に発展するリスクがあることを考えれば、会社側としては、診断書を取得した上で休職制度の適用といった適正な手続きを検討するべきだと思います。