マクドナルドの事業

 先日、経営コンサルタントをしている友人と会食をしたとき、「マクドナルドの事業は何か」という話が話題になりました。

 その友人は、当然のように、「ファースト・フード事業だよ」と答えました。

 これは、マクドナルドを知っている人たちなら誰でもとりあえず納得できる回答でしょう。

 しかし、私には実感が沸きませんでした。ファースト・フード事業だというのであれば、主要な顧客は忙しいビジネスマンということになるのではないでしょうか。朝食にしても昼食にしても忙しくてゆっくり食事をしている時間がない、そんなビジネスマンが主要な顧客であるはずです。

 でも、私はほとんどマクドナルドを利用することがありません。私だって忙しい(笑)。それなのにマクドナルドを利用していない。それはなぜかというと、私にとっては、マクドナルドは高校生の溜まり場のようなところなんですね(マクドナルドの関係者の皆様、ごめんなさい)。高校生が勉強で忙しいなんて嘘です。受験勉強で忙しいのは一部のエリート高校生だけですよ。ほとんどの高校生はヒマです(笑)。ヒマな高校生がワイワイガヤガヤだべっている……。そんなイメージです。

 だから入りにくいんですね。場違いな気がして、忙しいビジネスマンの私としては妙に敷居が高いんです。

事業の再定義を!

 もしマクドナルドの事業がファースト・フードであるならば、マクドナルドがやるべきことは何でしょうか?

 それは、店内からテーブルやイスを全部撤去して立ち食いそば屋のように改装することでしょうね。だって、ファースト・フードなんでしょ。10分か15分でハンバーガーを胃袋に流し込んだらとっとと出て行ってもらう……。長居は無用です。お客様は忙しいんです。

 このほうが、店内のスペースを効率的に活用できるし、顧客回転率も高まります。今よりずっと儲かるはずです。

 但し、これを本当にやれば、今までマクドナルドに居心地の良さを感じていた高校生はいなくなるでしょう。その引き替えに、多くのビジネスマンが利用するようになってくれればいいですが、もしそうならなかったら現在の顧客を失い、マクドナルドは大打撃を被るはずです。

 マクドナルドの現状を見る限り、適切な事業定義はおそらくこうなります。

 “若者がカジュアルで気軽に軽食が楽しめる社交場所を提供する事業”もちろん、経営戦略において、いわゆる“選択と集中”は重要です。欲張りすぎて事業のコンセプトを広げ、却ってそれを曖昧にしてしまったのでは、お客様のニーズを取り込むことはできません。何を得意としているのか、顧客に与える便益が何なのか、が伝わりにくくなるからです。また、投資効率の点からも事業ドメインを絞り込んだ方がいいです。お客様のニーズをしっかり掴めるよう事業の範囲を絞り込み、そこに集中的に経営資源を投じていく……。これは普遍的な経営戦略だと思います。

 しかし、“選択と集中”戦略は、私が主張している“自社の事業の再定義”と矛盾しません。自社の事業範囲を思いこみで決めつけ、顧客を取り逃す危険性を述べているんです。事業を見ていてお客様を見ていない。事業を狭く捉えすぎてしまうのはこうした姿勢から生まれます。選択と集中における“選択”とは、事業を狭く定義することではなく、顧客のニーズをできるだけ正確に捉え、そのニーズをカバーできるような範囲で事業を再定義する必要があるんです。そうでないと、ビジネス・チャンスを逃します。

航空会社の場合

 事業を適切な範囲で再定義すると、本当の競争相手も見えてきます。

 ここで話を変えて、分かりやすい航空会社の例をあげましょう。

 航空会社の事業を航空事業、つまり“空の快適な輸送事業”と定義するのは間違っています。空の輸送事業だと、競争相手は同業他社の航空会社に限られます。

 しかし、国内線、例えば、東京―大阪間はどうでしょうか。言うまでもなく、航空会社の競争相手は、他の航空会社だけではなく、例えば、新幹線のような鉄道も競争相手です。顧客の視点に立てば、飛行機も新幹線も移動手段に過ぎません。絶対に飛行機でなければならないわけではないのです。

 そうすると、事業の定義を“空”の輸送事業というように狭く定義するのではなく、“陸路も含めた輸送事業”と定義したほうが適切な気がします。そうすることによって、航空会社は、他の航空会社との競争だけではなく、「どうすればJRにお客様を奪われないか」を検討しなければならなくなります。

 ちなみに、私の場合、東京―大阪間を移動する場合、飛行機はまず利用しません。競争したら新幹線よりも飛行機のほうが速いに決まっています。しかし、トータルでかかる時間は大して変わりません。まず、飛行機で大阪に行こうとすると、羽田空港に足を運ばなければならない。確かに、羽田は東京の中心に立地していますが、モノレールがうっとうしいんですね。あんな近い距離なのに、浜松町から羽田までちんたら20分もかかります。しかも、飛行機だと少し早めにチェックインする必要があります。新幹線のように、5分前に駆け込み乗車というわけにはいかない。さらに、大阪の空港は中心地にあるわけではありません。関空はもとより、伊丹空港も中心地からはずれています。大阪に着いてからの移動にまた時間がかかるんです。

 おまけに機内はお世辞にも快適とは言えません。短距離の国内線ですから、エコノミー・シートに縛り付けられる。まるで荷物扱いです。そんな思いをするくらいなら、新幹線のグリーン席のほうが比較にならないくらい快適です。しかも、新大阪駅は、大阪市内の中心に立地しています。移動も便利です。

 だから私の場合、東京―大阪間の移動は原則として新幹線なんです。ほらっ、飛行機は新幹線と競争してますよね。

顧客の視点

 事業ドメインを適切な範囲に再定義するコツは、“顧客の視点”です。御社のお客様が御社に何を求めているのか、それをしっかり観察して情報を集め分析することから始まります。そうすることによって、御社が十分に掴み切れていない顧客のニーズは何なのかが見えてきます。そのニーズをカバーできるように事業を再定義するのです。

 このようにすると、大概の場合、現在の事業の範囲よりも事業範囲は広がることが多いです。狭くなるということはあまりありません。

 事業の再定義を行う場合、注意しなければならないのは、欲張って多くの顧客を取り込めるように事業範囲を拡大させることは避けなければならないということです。あくまでも、顧客の視点に立って、“適切な規模”の事業範囲を定めることが重要なんです。頑張ってください。