労働基準法36条は、一定の要件のもとに、使用者が労働者に対し法定時間外労働及び法定休日労働をさせることができるとしています。
事業場における労使の時間外・休日労働協定、いわゆる36協定の締結・届出がなされていない場合には、法定労働時間を超える時間外労働命令は、労基法32条違反として無効になり、私法上の時間外労働義務も発生しません。
したがって、労働者が時間外労働の義務を負うかどうかが問題となる場合には常に36協定の存在が前提となります。
もっとも、一般に労基法36条は、同条に従って時間外労働を行わせた場合には、労基法違反が成立しないことを定めたにとどまると解されています。すなわち、36協定は、それのみで時間外労働義務を発生させるものではありません。
そこで、たとえ、36協定の締結・届出がなされている場合でも、時間外労働命令違反を理由とする懲戒処分の効力等をめぐり問題となることがあります。
今回は、労働者の時間外労働義務がいかなる場合に発生するかについてみてみたいと思います。
いかなる場合に労働者の時間外労働義務が発生するかについては、36協定の締結・届出を前提として、①労働者の事前の個別的同意がある場合にのみ、時間外労働の義務を負うとする個別同意説、②労働者の事前の包括的同意があれば、時間外労働の義務を負うとする説、③労働者の時間外労働義務を定めた労働協約または就業規則があれば、労働者はその義務を負うとする包括的同意説など、様々な見解がありました。
この点について、就業規則における時間外労働義務を定める規定の内容が合理的なものである限り、その適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働する義務を負うとの一般論を示したのが、最判平成3年11月28日です。時間外労働義務の存否を就業規則の合理性の有無という判例法理の枠組みのなかで判断したものといえます。
本判決は、36協定の存在を前提にして、「当該就業規則の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働する義務を負うものと解する」と判示しました。
時間外・休日労働協定(36協定)においては、「時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の期間についての延長することができる時間又は労働をさせることができる休日」を定めなければならないとされています(労働基準法規則16条)。
使用者側としては、時間外労働は36協定に定める範囲でしか命じることができないことから、協定内容における「労働をさせる必要のある具体的事由」にせよ、「延長することができる時間」にせよ、その内容をある程度抽象的なものにせざるを得ないともいえます。
この点、本判決は、規定内容が概括的なものであってもやむを得ないとしている点で、基本的に包括的同意説に立ったものといえます。合理性が否定されるような特段の事情のある場合を除き、就業規則の合理性が否定されることは少ないと思われますが、本件は、労働契約法7条に規定する労働契約の締結時における就業規則の適用や、同法9条に定める就業規則の不利益変更が問題になった事例ではないため、この場合に求められる就業規則の合理性については、判例法理の蓄積を待つことになると思われます。
弁護士 髙井健一