使用者は、労働者に、時間外・休日労働をさせた場合、または午後10時から午前5時までの間の深夜に労働させた場合、その時間数に応じた割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)。
 時間外労働の場合、通常の労働時間の賃金(労基則19条参照)に時間外労働時間数及び割増率を乗じてその額を算出します。

 しかし、賃金が労働時間数でなく成果に応じて支払われていたり、時間外労働時間数を確定することに困難を伴う勤務形態がとられている場合などには、実際の時間外労働時間数にかかわらず、定額の手当を支払ったり、あるいは割増賃金相当分を含めた賃金で支払うという形態をとることがあります。

 この定額の基本給で支払う形態に関しては、基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ、かつ、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部または全部とすることができるとされた原審の判断を維持する最高裁判決があります(最判昭和63.7.14・小里機材事件)。

 今回は、タクシー会社の乗務員の歩合給について定額残業代の主張がなされた事件についてみてみたいと思います。

 タクシーの乗務員であったXらは、全員が隔日勤務で、所定労働時間は午前8時から翌日2時まで(うち休憩時間2時間)で勤務していました。
 そして、賃金は1か月の稼働に基づくタクシー料金の月間水揚高に歩合を乗じた額を支払うという歩合制になっていました。

 本件では、Xらは午前2時以上の時間外労働及び午後10時から午前5時までの深夜労働に対する割増賃金が支払われていないと主張して、Y社に対し、未払割増賃金の支払い等を求めました。

 これにつき最高裁平成6年6月13日判決は、以下のように判示しました。

「Xらに支給された前記の歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Y社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。」

 本判決は、定額の基本給制における上記小里機材事件における最高裁判決が示した判断基準を、完全歩合制の下での割増賃金支払義務に関しても妥当することを明らかにした最初の最高裁判決であり、本判決でも、歩合給のなかにすでに割増賃金分が含まれているとの主張が認められるためには、歩合給のうちのどの部分が通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分に当たるかの区別がなされている必要があるとされています。

 会社としては、定額残業代の趣旨で支給する場合には、法所定の額を満たしているか否かを確認できるよう通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分を明確に区別しておく必要があるといえます。

弁護士 髙井健一