1 はじめに
こんにちは、弁護士の伊藤です。
今回は、担保不動産収益執行に関する近時の重要判例(最判平成21年7月3日・民集63巻6号1047頁。以下「本判例」といいます。)をご紹介したいと思います。
2 担保不動産収益執行
担保不動産収益執行(民事執行法180条2号)とは、平成15年の民事執行法改正で不動産担保権の新たな実行方法として創設された制度で、不動産から生じる収益を被担保債権の弁済に充てる方法による不動産担保権の実行方法をいいます。
執行裁判所において担保不動産の収益執行の開始決定がされると、担保不動産は差し押さえられて、担保不動産の管理収益権は所有者から執行裁判所の選任する管理人に委ねられることになります(民事執行法188条・93条1項)。
3 判例の紹介
⑴ 事案の概要
本判例の事案は、以下のとおりです。
すなわち、本判例は、建物に設定された抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定がなされ、その管理人に選任されたXが、同建物の賃借人Yに対して、未払賃料の支払請求をした事案です。
⑵ 法理論上の問題点
Xの前記⑴の請求に対し、Yは、担保不動産収益執行の開始前に取得した賃貸人Zに対する保証金返還請求権を自働債権とし、同開始決定が効力を生じた後の賃料債権を受働債権として、Zに対し相殺の意思表示をしたことにより、前記賃料債権は消滅した旨反論しました。
Yの反論には、以下の2点の法理論上の問題点が含まれていました。
ア 問題点①
まず、管理人は、担保不動産収益執行の開始決定後は収益を収受する権限(民事訴訟法188条・95条1項)を有することから、担保不動産収益執行の開始決定後に発生した賃料債権が帰属するのは、賃貸人なのか、それとも管理人なのかが問題となります。
イ 問題点②
次に、担保不動産収益執行の開始決定後は抵当権の効力が担保不動産から生じる賃料債権にも及ぶと考えられる(民法371条参照)ことから、賃借人は賃貸人に対しての未払賃料債権を受働債権とする相殺を、管理人に対して対抗することができるかが問題となります。
⑶ 裁判所の問題点に関する判断
ア 問題点①について
まず、裁判所は、問題点①について、「管理人が取得するのは、賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利(以下「賃料債権等」)自体ではなく、その権利を行使する権限にとどまり、賃料債権等は、担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も、所有者に帰属している」旨判断しました。
イ 問題点②について
次に、裁判所は、問題点②について、「賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については、賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから(最判平成13年3月13日・民集55巻2号363頁参照)、担保不動産の賃借人は、抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても、抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができる」旨判断しました。
⑷ 裁判所の結論
裁判所は、Yの反論を認めて、XのYに対する未払賃料支払請求を棄却しました。
4 結び
本判例を踏まえて、いわゆる収益物件に抵当権を設定する場合で、将来、担保不動産収益執行制度を活用することが想定されるときには、抵当権の設定に先立って、同物件の賃借人が賃貸人に対して多額の債権を有しているかどうかを検討することが必要となると考えられます。
今回のお話は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁護士 伊藤蔵人