1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。
 前々回及び前回は不動産業界でご活躍中の方に向けて、最新重要判例を素材として、そこから得られる不動産実務へのヒントをご紹介しました。

 今回は、少し趣向を変えて、業種を問わず、創造的・革新的な経営を展開して市場へ新規参入をしていこうとする中小企業(以下「ベンチャー企業」といいます。)の方々に向けて、成長・発展するベンチャー企業がしばしば直面する「出る杭を打とう」とする既存企業の“イジワル”に対する1つの対抗策をご紹介したいと思います。

2 独禁法の使い方

(1) 既存企業による“イジワル”

 「出る杭は打たれる」とは、他の人より目立っていたり優れたりしていると、憎まれたり邪魔をされたり、とかく“イジワル”をされるというようなこといいます。こうした“イジワル”は、なにも子どもの仲間内だけの話ではなく、企業社会でもしばしば見られています。

 たとえば、メーカーは既存の業者以外との取引を、既存の業者にはその仲間内以外との取引を、それぞれさせないように競争している企業間で取り決めをして、新規参入しようとする企業を仲間外れにしてその邪魔をしようとした例[1]が過去にみられました[2]

 前記のような仲間外れがされた場合、競争している企業間で仲間内以外のものとは取引しないこととされた商品が特定のビジネスをする上で不可欠のものであった場合には、その分野で創造的・革新的なサービスを消費者に提供しようと新規参入を図ったベンチャー企業の試みは、頓挫させられてしまいます。

(2) 独禁法の出番

 こうした既存業者の“イジワル”を止めさせて、市場において公正かつ自由な競争を促進して、国民経済の民主的で健全な発達を促進するための法が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」といいます。)です。

 独禁法は、前記⑴のような「正当な理由がないのに、競争者と共同して」「ある事業者に対し、供給を拒絶」等させる行為や「他の事業者に、ある事業者に対する供給を拒絶」等させる行為を禁じています(独禁法2条9項1号イロ・19条)。

 そして、独禁法違反行為によって被害を受けているベンチャー企業は、「公正取引委員会に対し、その事実を報告し」、既存業者による“イジワル”を止めるよう命じる排除措置命令(独禁法20条1項)の発動など「適当な措置をとるべきことを求めること」ができます(同法45条1項)。

(3) 実務上の問題点

 しかし、公正取引委員会の人的資源も有限ですし、その使命は第一義的には被害者救済ではなく公正競争の維持確保ですから、必ずしもすべての申告に対して積極的に審査及び措置を行ってくれるとは限りません。また、そもそも審査に着手するまでにもある程度の時間が必要ですし、措置がとられるまでには審査開始から半年以上の時間を要するのが一般だといわれています[3]

 手続きに要する時間が経過する間に、商機を逸してしまい、場合によっては企業の存立自体が危うくなることも考えられます。

(4) 独禁法24条に基づく差止請求

 そこで、公正取引委員会を介することなく救済を求める制度として、独禁法24条に基づく差止請求があります。

 すなわち、事業者団体が事業者に不公正な取引方法(独禁法2条9項)に該当する行為をさせるようにしたり(同法8条5号)、事業者が不公正な取引方法を行うことによって、その利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、裁判所に対して、その事業者又は事業者団体の侵害を停止させ又は予防することを求めることができるのです。

3 最後に

 独禁法24条に基づく差止請求は、被害者の救済手段の実現及び独禁法違反行為に対する抑止効果の強化を目的に平成12(2000)年の独禁法改正により導入された制度[4]ですが、請求が認容された裁判例は今のところ見当たりません[5]

 道なき道を切り開くベンチャー・スピリットをお持ちのベンチャー企業の方にこそ、独禁法24条に基づく差止請求が威力を発揮する場面に直面したときには、臆さずチャレンジして、独禁法の新たな扉を開いて頂ければと考えています。

 今回のお話は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

弁護士 伊藤蔵人

[1] たとえば、石塚特殊硝子製作所ほか16名事件(昭和42年12月11日勧告審決)。
[2] 伊従寛・矢部丈太郎「実務解説独禁法Q&A」271頁。
[3] 伊従寛・矢部丈太郎「実務解説独禁法Q&A」633頁。
[4] 根岸哲「注釈独占禁止法」573頁。
[5] 根岸哲「注釈独占禁止法」576頁、伊従寛・矢部丈太郎「実務解説独禁法Q&A」650頁。