こんにちは。今回は、退職後の従業員の競業行為についてお話させていただきます。

 労働者には、労働契約の存続中、一般的に、競業避止義務が課せられています。しかし、労働契約の終了後については、労働者に職業選択の自由があるので、労働契約存続中のように一般的に競業避止義務を認めることはできません(菅野和夫『労働法〔第9版〕』81頁・82頁(弘文堂・平成22年)参照)。

 しかし、退職後の労働者が競業することが自由であるとしても、競業が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する場合には不法行為になると解されています。

 そこで、この点が争点になった最近の判例(最高裁平成22年3月25日民集64・2・562)をご紹介します。

事案の概要

(1)X社は、産業用ロボット等の製造等を業とする従業員10名程度の株式会社であり、Y₁は主に営業を担当し、Y₂は主に製作等の現場作業を担当していた。なお、Ⅹ社とY₁らとの間で退職後の競業避止義務に関する特約等は定められていなかった。

(2)Y₁らは、平成18年4月ころ、Ⅹ社を退職して共同でⅩ社と同種の事業を営むことを計画し、資金の準備等を整えて、Y₂が同年5月31日に、Y1が同年6月1日にⅩ社を退職した。Y₁らは、いわゆる休眠会社であったY₃社を事業の主体とし、Y₁が同月5日付けでY₃社の代表取締役に就任したが、その登記等の手続は同年12月から翌年1月にかけてされている。

(3)Y1は、Ⅹ社勤務時に営業を担当していたAほか3社(以下「本件取引先」という。)に退職のあいさつをし、Aほか1社に対して、退職後にⅩ社と同種の事業を営むので受注を希望する旨を伝えた。そして、Y₃社は、Aから、平成18年6月以降、仕事を受注するようになり、また、同年10月ころからは、本件取引先のうち他の3社からも継続的に仕事を受注するようになった(以下、本件取引先から受注したことを「本件競業行為」という。)。本件取引先に対する売上高は、Y₃社の売上高の8割ないし9割程度を占めている。

(4)Ⅹ社はもともと積極的な営業活動を展開しておらず、特にAの工場のうち遠方のものからの受注には消極的な面があった。そして、Y₁らが退職した後は、それまでに本件取引先以外の取引先から受注した仕事をこなすのに忙しく、従前のように本件取引先に営業に出向くことはできなくなり、受注額は減少した。本件取引先に対する売上高は、従前、Ⅹ社の売上高の3割程度を占めていたが、Y₁らの退職後、従前の5分の1程度に減少した。

(5)Y₁らは、本件競業行為をしていることをⅩ社代表者に告げておらず、同代表者は、平成19年1月になって、これを知るに至った。

(6)そこで、Ⅹ社が、Y₁らに対し、不法行為または雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づき損害賠償を請求した(Y₃社に対する請求は割愛)。

 第1審、Ⅹ社の請求棄却。Ⅹ控訴。原審はYらの行為の一部を共同不法行為と認めたので、Yらが上告受理申し立て。

裁判所の判断

 本判決は、「本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらない」と判断しました(なお書きで、本件事実関係等の下では、Yらに信義則上の競業避止義務違反があるとも言えないという判断もしています)。

検討

 本判決は、上記結論を導く理由の中で以下のような事実に言及しました。

① Y₁は、本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、不当な方法で営業活動を行ったことは認められないこと。

② 本件事実関係において、Ⅹ社と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、Yらにおいて、Y₁らの退職直後にⅩ社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難いこと。

③ 退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから、Y₁らが本件競業行為をⅩ社側に告げなかったからといって、本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできないこと。

①について
 本件が人的関係等の利用にとどまらず、Ⅹ社においてデータベース化された顧客情報を利用してYらが営業活動を行っていたような場合であれば、不当な営業活動を行ったと判断された可能性が高いと考えられます。

②について
 Y₃社の本件取引先に対する売上高は、売上高の8割ないし9割程度を占めており、Ⅹ社の本件取引先に対する売上高は、従前、売上高の3割程度を占めており、Y₁らの退職後、従前の5分の1程度に減少していますので、Y₃社がⅩ社の主要な取引先を奪っていることは明らかです。
 しかし、競合企業間で顧客の奪い合いがあるのは当然のことであり、それだけでは自由競争の範囲を超えたということはできません。
 判例は、本件において、Y₃社と本件取引先のうち3社との取引はYらの退職から5か月ほど経過した後に始まったものであること、退職直後から取引が始まったAについては、Ⅹ社が営業に消極的な面もあったという具体的事実から、Ⅹ社と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれないとしています。

③について
 退職者が競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務はないという本判決の立場からは、退職者が競業行為を元の勤務先に告げないことを違法と評価することはできなくなります。

最後に

 本件のように、退職した従業員がその人的関係を利用して、元の勤務先の取引先に営業活動を試みるというケースは少なくないと思われます。
 しかし、本判決の立場からは、そのような場合に不法行為責任が認められる可能性は高くないということができます。
 したがって、不法行為責任ではなく競業避止義務違反を追及するために、就業規則や特約などで、退職後の競業避止義務をについて定めておくことが極めて重要といえます(本件で、信義則上の競業避止義務は否定されました)。
 もっとも、退職後の競業避止義務は、労働者の職業選択の自由を制約するものであることから、最近の裁判例においては、制限の期間・範囲を最小限にとどめることや一定の代替措置を求めるなどの傾向があり(菅野和夫『労働法〔第9版〕82頁(弘文堂・平成22年)参照)、就業規則や特約の定めがあっても退職後の競業避止義務が否定される可能性があります。
 そこで、就業規則等で退職後の競業避止義務について定める際には、その効力が否定されることを避けるために、その内容について専門家である弁護士にご相談されることをお勧めします。