注:この会話は架空のものです。
太田「今日は、不正競争防止法2条1項2号のお話ですね。」
A「『Aちゃん印☆いよいよ全国区へ!の巻』です!」
太田「勝手にタイトルつけないでね。とりあえず、2号の条文を見るところからスタートしましょうか。」
第2条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
2号 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
太田「比較対象のために、1号の条文を見ましょう。」
1号 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
A「2号のほうがカッコが取れて読みやすくなりました!」
太田「あまりわざとらしいボケをかますと、二度と出張先でお菓子を買ってきません!」
A「(元々買ってこないくせに!)1号は保護の対象が『他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示』であるのに対して、2号は『他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のもの』ですね。あとは、先生が前回言ってた、『他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為』というのが2号にはありません。」
太田「まあ、そういうことなんですよね。2号は著名な商品等表示に限って、他人の商品又は営業と混同を生じさせなくても保護するという趣旨なのです。『需要者の間に広く認識されている』と『著名な』との区別は何だというのは、ざっくりと『日本全国誰でも知ってるレベル』が『著名な』であると考えていただいてOKです。」
A「早く『Aちゃん印☆』が日本全国老若男女知ってるレベルのブランドになったときの話をしてください!」
太田「だから、かばんだけじゃなくて、例えばカップラーメンや消しゴムに『Aちゃん印☆』が使われたような場合でも差止めや損害賠償請求ができますよ、という話なのです。それだけ。」
A「ひどい! もっと話を膨らませて下さいよ!!」
太田「じゃあね、なぜ差止めや損害賠償請求ができるんだろう?」
A「何となく、できるほうが当たり前のように思っていましたが・・・。」
太田「1号の対象みたいに、ある程度名は知られているけど、みんなが知っているというほどではないブランドだとすると、知らないでカップラーメンに名前付けちゃうことがあるかもしれない。だから当たり前ではない。逆の立場になって考えてみてください。例えば、すでに、『Aちゃん印☆』という北海道限定のマイナーなカップラーメンが発売されていたときに、Aさんが知らないでカバンに『Aちゃん印☆』のタグをつけてしまった場合、そのカップラーメンの会社からA株式会社が文句を言われていいんですか?」
A「たしかに、『そんなの知らないよ!』って言いたくなりますね。」
太田「そして、そんな場合に『Aちゃん印☆』のカップラーメンと『Aちゃん印☆』のカバンは同じ会社が販売していると思われるでしょうか?」
A「思わない・・・ですよね。」
太田「品質保証機能はモノが違うから当然として、出所表示機能も害されません。だったら1号の対象となるような商品等表示はそこまで保護の範囲を広げなくていいし、広げるとかえって企業の営業活動を妨げてしまうということなのです。少なくとも私の理解ではそういうことです。」
A「なるほど~。では、積極的に全国的に有名な商品等表示を保護する理由は何なんでしょう? さっき、何となく保護されて当然だと思うと言いましたが、ちゃんと根拠があるんですよね。」
太田「Aさん、英語は得意ですか?」
A「いや、英語の単位が取れなくて留年しかけました・・・って何を突然聞くんですか!」
太田「不正競争防止法の教科書を読むと大体書いてあるんだけど、2号の趣旨がね、free-ride・dilution・pollutionの防止ということなの。」
A「フリーライドは何となく分かりますが、ぢりゅーしょん・ぽるーしょんって何ですか。」
太田:「「ダイリューションにポリューションね。フリーライドは、他人が努力して築き上げたグッド・ウィルにただのりすること、これは分かりますよね? ダイリューションは希釈化、ポリューションは汚染と訳します。」
A「日本語に訳してもらっても意味が分かりません。」
太田「ちょっと話が脱線するんですけど、知財関係ってやたら横文字の用語が多いんですよ。その昔、ロースクール時代に知的財産法の講義を受けたら、先生が用語以外の地の話にも英語を使うのね。『レポートはデジタルデータで』とか『双方がハッピーになる仕組み』とか。それで、授業後に同じ調子で知的財産法の授業を受けていない友人に、『その資料はデジタルデータなの?』とか言ったら大笑いされてしまいました。」
A「ルー太田って裏で呼ばれてたんじゃないですか?」
太田「レポートの資料はデジタルデータでシェアすればエブリバディ、ハッピー!」
A「・・・って言ってたわけですね、学生時代。」
太田「そこまでひどくありません、冗談ですよ! でもまあ、慣れないとなんでこんなスカした本を読んでるんだろうと悩みかねないですが、知財の先進国がアメリカなので、そのまま用語が輸入されて一部英語のままだったり、翻訳がこなれていなかったりすることがあるんですよ、と私は言いたいわけです。」
A「明治時代未満です。西周(にしあまね)は頑張ってphilosophyを哲学と翻訳したのに。」
太田「変なところだけ物知りですね・・・。ただ現代の日本人、しかも知財を勉強するような日本人はAさんと違って英語が分かるので意訳しなくて済むんだと思います。」
A「(またバカにされた!)で、ダイリューションとポリューションが、希釈化と汚染でどうかしましたか!」
太田「希釈化というのはですね、例えば『Aちゃん印☆』という商品等表示が、カバンだけではなく色んな物に使われてしまうとすると、『Aちゃん印☆』という商品等表示の持っているユニークさが薄まっちゃうということなんですよ。」
A「世間的には『かばんのAちゃん印☆』なのに、カップラーメンとか消しゴムについてると、『あれ、このAちゃん印☆の会社は何をやってる会社なんだろう?』ってなりますね。」
太田「う~ん、ちょっと違うな。一般的にダイリューションとは『本来の使用者との結びつきの希釈化』を指していると解されています。『Aちゃん印☆』という商品等表示はA株式会社が使用している、という結びつきが薄くなると。まあそうですよね。かばんかそうでないものかはともかく、『Aちゃん印☆』を他の会社が使うとかばんを製造販売しているA株式会社だけではなく、その他の会社とも『Aちゃん印☆』という商品等表示との間にも消費者の認識の中で結びつきができてしまう。」
A「A株式会社だけの『Aちゃん印☆』ではなくなってしまうということなんですね?」
太田「まあそんな感じかな・・・説明が難しいですが。一方、ポリューションっていうのは簡単でね。例えば、大人のおもちゃに『Aちゃん印☆』なんてロゴを入れて売られたらどう思いますか。」
A「うわ~、最低です!」
太田「他にも、例えば『Aちゃん印☆』は本革のかばんしかないんだけど、ビニールバッグに『Aちゃん印☆』というロゴを入れて他の業者が販売したらどうでしょう。」
A「こんな安物を売ってるのか、と思われます。」
太田「「そのようなことがあると、『Aちゃん印☆』という商品等表示が俗悪なイメージになったり、チープなイメージになったりしますよね。これをポリューションといいます。」
A「これはよく分かりました。」
太田「ま、そういうことで、著名な商品等表示になればそれだけ保護の範囲が広がるし、広げる意味もあるんだぞ、と。」
A「大人のおもちゃにロゴを入れられるのだけは勘弁してほしいので、頑張って『Aちゃん印☆』ブランドを育てます!」
太田「が、がんばってね・・・。」
弁護士 太田香清