1.ご挨拶
はじめまして。本年1月5日より当所にて執務を開始しました、弁護士の伊藤と申します。
これから、本ブログを不定期に担当します。日頃、企業法務業務を担当している弁護士としての視点で記事を書いて参りたいと考えていますので、しばしお付き合い頂ければ幸甚です。
さて、私の初投稿となる今回は、不動産業界で実務に就かれていらっしゃる方には、ぜひ知っておいて頂きたい最新重要判例を紹介するとともに、企業法務業務を担当している弁護士の視点から、同判例に分析を加えてみたいと思います。
2.最判平成22年7月20日決定(刑集64巻5号793頁)
(1) 決定要旨
弁護士法72条本文は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことを業とすることを禁じているところ、最判平成22年7月20日決定(刑集64巻5号793頁。以下「本決定」といいます。)は、「ビルの所有者から委託を受けて、そのビルの賃借人らと交渉して賃貸借契約を合意解除した上で各室を明け渡させるなどの業務を行った行為」が同条に抵触すると判示しました。
(2) 本決定の意義
本決定の意義は、最高裁が、弁護士でない者において、建物の賃貸人の代理人として、その賃借人らに対し、報酬を得る目的で、同建物に係る賃貸借契約を合意解約し、当該賃借人らに同建物から退去してこれを明け渡すことを求める交渉(以下「立ち退き交渉」といいます。)をすることについて、交渉において法的紛議が生じることがほぼ不可避な案件であったことから、これが弁護士法に違反するとの判断を初めて示した[1]という点にあります。
不動産管理会社などによって、事実上賃貸人に代わって賃借人との間で立ち退き交渉をすることが広く行われている、わが国不動産業界の現状を踏まえると、本決定は、事例判決の形式を取ってはいるものの、不動産関連事業に携わる方には、必ず知っておいて頂きたい重要判例であるといえます。
(3) 本稿の目的
本決定に関する法律論を中心とした判例評釈[2]は、すでに複数出されていますので、その詳細についてはそちらに譲ることとして、本稿では、やや視点を転じて、法社会学的見地から本決定を検討していきたいと思います。
3.本決定と司法制度改革
(1) 本決定の背景
ところで、不動産業者による立ち退き交渉は、これまでにも行われてきたように思われますし、本決定のような事案も、わが国全体が地価高騰に沸いた1980年代後半の頃にはしばしば見られました。それが、なぜ今、最高裁は、立ち退き交渉について厳しい判断を下したのでしょうか。
私見ですが、この最高裁の態度には、司法制度改革の進展が関係しているのではないかと考えています。
(2) 司法制度改革の以前
そもそも、弁護士法72条本文の趣旨は、いわゆる三百代言の跳梁を防止して、国民の法律生活の公正かつ円滑な営みを確保し、ひいて法律秩序を維持する点[3]にあります。
しかし、資本主義の高度化が進展し、法的サービスの需要が急速に増加していくにつれて、弁護士数の不足、大都市への偏在、弁護士に依頼することの費用負担などの、わが国の司法インフラの問題点が顕現化していきました。
そうした中で、非弁護士による法律事務処理は、確かにその一部には到底容認できないものがある一方で、民衆や企業のニーズに応えているものもあるという実情を踏まえて、一概にそれらを弁護士法違反として排斥できないとの認識が、司法制度改革が行われる以前のわが国社会には、広がっていたといわれています[4]。
(3) 司法制度改革の以後
ところが、2001年(平成3年)から始まった司法制度改革を背景として、弁護士数は直近20年間で倍増し[5]、弁護士数の不足は、大都市圏においては改善傾向にあります。
このような社会的環境の変化を受けて、裁判所が、これまでいわば放任されてきた非弁行為の取り締まり強化に傾斜し始めた・・・と考えることは、私の単なる思い過ごしでしょうか。
4.今後の不動産実務
(1) 今後の課題
弁護士数の飛躍的な増加については、前記3のとおりですが、大都市への弁護士の偏在、まだまだ高価な弁護士費用、法的手続きに要する長い時間など、わが国司法インフラは、利用者たる(企業を含む)国民にとって、まだまだ使い勝手が良いものとはなっていません。
一方で、不動産関連事業を営む企業には、本決定を踏まえて、法令順守態勢を整備していくことが求められることになります。
(2) 当所の取り組み
こうした中にあって、当所では、建物明渡事件に関して、合理的な費用で、できる限り迅速に解決するための独自のスキームを用意し、建物明渡事件等でお悩みの企業の皆様からのご相談をお待ちしています。
また、当所は、より多くのクライアントの皆様のご要望に対応するべく、東京都、大阪府及び埼玉県に拠点を有して、広い地域で、クオリティーの確保されたリーガルサービスを提供しているところです。
今回のお話は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁護士 伊藤蔵人
[1] 判例タイムズ1333号115頁。
[2] 主要な判例解説としては、注1に加えて、小沢征行「賃借人と立退き等交渉する事務と弁護士法72条との関係」(金融法務事情No.1916-4頁)など。
[3] 最大判昭和46年7月14日計週25巻5号690頁。
[4] 山崎敏彦「契約」(判例タイムズNo.846-65頁)。
[5] 弁護士数は、1991年(平成3年)には1万4080人であったものが、2010年(平成22年)には2万8828人に上っている(日弁連「法曹人口政策に関する緊急提言 関連資料」1頁)。