(3)Aと甲山弁護士のやりとり

「こんにちは、初めまして。今日はよろしくお願いいたします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。で、どうされましたか?」

「かくかくしかじか・・・。」

「スーツにトイレスリッパ!!それは本当に大変でしたねぇ・・・。」

「甲山先生、あの革靴は買ったばかりですし、とても履きやすかったので非常に残念です・・・。」

「お気持ちは分かりますが、おそらく革靴自体は返ってこないでしょう。店側に損害賠償を求めることができないか検討してみましょう。」

「はい。しかし、Bは私の革靴を靴箱に保管していただけで、現実に私の革靴を間違えて持ち去ったのは他のお客さんなので、Bに対して損害賠償を求めることなんてできるのでしょうか?」

「そうですね、確かにAさんの革靴を間違えて履いて帰ってしまったのは他のお客さんですが、商法594条を手掛かりにBに損害賠償請求できる余地がありますね。他の条文を根拠にできなくもないですが、商法594条を手掛かりにすれば賠償を求められる可能性が一番高くなると思います。」

「そうですか!でも、商法594条ってどんな規定なのですか?」

「まず、居酒屋は飲食店にあたるので、商法が予定する場屋営業者に該当します。そして、場屋営業者は、客から寄託を受けた物品が滅失または毀損した場合、それが不可抗力によるものでないことを証明しない限り損害賠償責任を免れることはできないと規定されています(商法594条1項)。」

「ふむふむ、さすがは弁護士の先生ですね。しかし、他の客が私の革靴を間違えて履いて帰ってしまったので、店側にとって不可抗力により生じた事故となり、請求ができなくなりませんか?」

「商法594条1項にいう不可抗力については色々な考え方がありますが、一般的に、事業の外部から発生した出来事で、かつ、通常の注意(予防方法)を尽くしてもその発生を防止できないもの、と考えられています。たとえば、大雨による大洪水や地震による建物の倒壊などがその典型で、今回の場合は到底不可抗力とは言えないでしょう。」

「なるほど。しかし、私が脱いだ革靴を店員さんが勝手にB店に設置された靴箱にしまってくれたのですが、私はBに革靴を寄託したとまでいえるのでしょうか?」

「寄託とは、客から物品の引渡しを受け、場屋営業者に占有が移転した場合をいいますので、Aさんのお話を前提とすれば、本件では寄託にあたると考えられるでしょう。もし仮に、今回のケースにおいて革靴の寄託に当たらないとしても、客が場屋中に携帯した物品が場屋営業者またはその使用人の不注意で滅失または毀損した場合、場屋営業者は賠償責任を負わねばなりません(商法594条2項)。B側の不注意の有無と関係しますが、Aさんが脱いだ革靴をBの従業員はどのような靴箱で保管していたのですか?」

「う~んと、個別の棚に鍵がかかっていないタイプの靴箱でした。多くの居酒屋さんでは個別の番号がついた鍵で施錠して、帰りにその鍵の番号の棚を開けて靴を取り出すタイプの靴箱を設置しているのが普通だと思うのですが・・・。」

「なるほど。少なくとも、鍵をかけるか、番号札を靴に入れるかなどして他の靴と見分けがつくようにしておくのが普通ですよね。そうすると、仮にAさんがBに革靴を寄託したとまではいえず、商法594条1項で損害賠償請求できないとしても、Bの設置した靴箱の形態や退店する客に対して従業員が靴を出して準備しておく際の不注意=過失をこちらで立証して、商法594条2項で請求できる余地があると思います。」

「なるほど。いずれにせよ今回のケースではBに対して損害賠償を求めることができる可能性は高いのですね。ただ、私の革靴は5,000円だったのですが、新年会の10日前に買った新しい靴だったので、新品と同じ額の賠償を求めたいのですが可能でしょうか?」

「いくら新しいとはいえ、新品の革靴でない以上、5,000円全額の賠償を求めることは難しいと思います。もち ろん、Bが任意で支払ってくれれば別ですけど。」

「そうですか。しばらく考えてから交渉してみようかな・・。そのうち忘れてしまいそうだけど。」

「今回、革靴の全部滅失として商法594条を根拠に損害賠償請求をする場合には、Aさんが場屋、つまりBを  去ったときから1年間で損害賠償請求権の消滅時効が到来してしまい(商法596条1項,2項)、請求できなくなってしまうので気を付けてくださいね。」

「分かりました、親切に相談に乗っていただきありがとうございました。」

「また何かあれば相談してください。」