今回は、ビルの賃貸人が、ある賃借人の営業により他の賃借人の売り上げが減少したような場合に、債務不履行責任を負うかという点が争われた事案についてお話しさせていただきたいと思います。

 事案は以下のようなものでした。

 原告Xは、平成10年12月に、Yからビルの1階部分を賃借し、婦人服販売店を経営していました。Yは、平成12年5月に、本件ビルの地下1階部分を小料理屋Aに賃貸しました。Aが営業を行っていたところ、魚のにおいが発生しました。Yは、Xに賃料不払いがあったため、賃貸借契約を解除し、建物明渡訴訟を提起し、最終的に訴訟上の和解で終結しました。Xは、建物を明渡した後、Aの悪臭によって売上げが減少したとして、Yに対して債務不履行に基づき損害賠償請求をしました。これに対し、Yが未払賃料債権との相殺を主張しています。

 この事案につき、東京地裁平成15年1月27日判決(判タ1129号153頁)は、以下のとおり判示しました。

 賃貸借契約における賃貸人の義務は、目的物を引き渡すだけではなく、目的物が使用収益に適した状態にあることについても担保責任を負うとしたうえで、ただその義務として、あらゆるにおいの発生を防止すべき義務があるというものではなく、目的物を目的に従って使用収益するにあたり、社会通念上、受忍限度を逸脱する程度の悪臭が発生する場合に、これを放置し若しくは防止策を怠ったときに初めて賃貸人に債務不履行責任が生ずるとしました。そして、その受忍の限度については、悪臭発生の有無、悪臭の程度、時間、当該地域、発生する営業の種類、態様などと、悪臭による被害の態様、程度、損害の規模、被害者の営業等を総合して、賃借人として受忍すべき限度内の悪臭か否かの判断をすべきとしました。

 本件については、Xの30数名の顧客が、Aからの魚のにおいについてかなりの不快感を示しており、主たる商品である婦人服等に魚のにおいが付着し、悪臭によって被害を被った事実が認められ、他方、被告側において、悪臭に関する抜本的な解決策をとらなかったと認め、Yに、賃借人に目的物を使用収益させる義務を怠ったと認定し、Xに対して債務不履行責任を負うと判断しています。

 この判決は、賃貸人が、賃借人同士のトラブルにつき、どのような義務を負うか、また、賃借人が事業者であるときは、営業上の逸失利益の損害が認められるかについての判断がなされたもので、非常に興味深いものです。賃貸人としては、非常に重い責任を負わされると感じるかもしれません。
 ただ、判決としては、Yの使用収益させる義務違反による債務不履行責任及び、悪臭との因果関係が認められる損害を80万円と認めた上で、Yの未払賃料債権による相殺も認めて、結論としてはXの請求を棄却しています。