第1 はじめに
前回は時間外労働・休日労働について、前々回は休憩時間・休日についてのお話をしました。これら労働基準法が定めている規定は、主には労働者に有利となるような労働者保護規定です。しかし、労働基準法は、労働者の利益だけを考えた法律というわけではありません。一般に両者の力関係において弱者的立場に置かれる労働者を使用者となるべく対等の位置まで持って行ってあげて、使用者にいいように扱われないようにするために、法が少し手助けしているといった感じでしょうか。
ただ、資本主義社会においては、使用者たる会社が業績を上げていくことは、社会全体ひいては国家の発展にも繋がる重要な事柄でもあるのです。しかるに、会社が法の縛りを強く受けるばっかりに、思うような経営ができず、業務運営を阻害されるのでは社会的損失とすら言えるかもしれません。
近時は、価値観が多様化し、様々な業種、形態の会社が生まれています。このため、多様化した経済社会からの要請で労働基準法にも、種々の業務形態に合わせた柔軟な制度規定が設けられています。変形労働制、フレックスタイム制、裁量労働制などがその一例です。
そのうち今回は変形労働制について説明します。
第2 変形労働時間制
変形労働時間制とは、業務のサイクルが週40時間、1日8時間の枠組に適合しない使用者のために、事業の繁閑に合わせた労働時間の配分を認めることにより、時間外労働の削減や休日増を図る制度です。
これには1週間単位、1箇月単位、1年単位という3タイプの変形労働時間制があります。
1.1週間単位の変形労働時間制
これは、各日の労働時間を就業規則や労使協定で定めずに、週40時間を超えないことを条件に、1週間の枠内で1日10時間まで労働させることができる制度です(労働基準法32条の5第1項)。
各日の労働時間を就業規則等では定めなくともよいとするところに特徴があります。他の2タイプでは、各日の労働時間は就業規則等で定めなければなりません。
もっとも、1週間単位の変形労働時間制においても、各日の労働時間を書面により労働者に通知しておく必要はあり(同条2項)、ただ、やむを得ない事由があれば前日までに通知してこれを変更することができます(同条3項)。
同制度を採用するには、①小売業、旅館、料理店、飲食店の事業であり、②常時使用する労働者数が30人未満であり、③労使協定を締結して所轄労働基準監督署長に届出ることが必要です(同条1項、3項、同法施行規則12条の5第2項)。
2.1箇月単位の変形労働時間制
これは、労使協定又は就業規則等により、1か月以内の一定期間(変形期間)を平均して1週間あたりの労働時間が40時間を超えない定めをしたときに、週40時間、1日8時間を超えて労働させることができる制度です(労働基準法32条の2第1項)。
同制度は、上記1で述べたように変形期間の各日の労働時間は労使協定又は就業規則等で特定しておかなければなりません。
また、労使協定の所轄労働基準監督署長への届出が必要となります(同条2項)。
3.1年単位の変形労働時間制
これは、労使協定により、一定事項を定めたときに、1年以内の一定期間(対象期間)を平均して1週間あたりの労働時間が40時間を超えない範囲で、協定で定めた特定の週に40時間を超えて、又は特定の日に8時間を超えて労働させることができる制度です(労働基準法32条の4第1項)。
同制度を採用するには、労使協定で①適用される労働者の範囲、②変形の単位となる1か月超1年未満の対象期間、③対象期間の中で特に業務が繁忙となる特定期間、④対象期間の労働日及び労働日ごとの労働時間、⑤有効期間を定めて(同条1項各号)、⑥所轄労働基準監督署長に届出ることが必要です(同条4項)。
このタイプは長期にわたる変形労働時間制であり、労働者の生活に支障が生ずるおそれがあるため、厚生労働大臣が厚生労働省令で、対象期間の労働日数、労働時間、連続労働日数の限度を定めることができるとしました(同条3項)。これにより、例えば、労働時間は1日10時間、1週52時間が限度とされ、連続労働日数は原則として6日、例外的に特定期間については12日が限度と定められています。
4.適用制限
変形労働時間制の適用制限として、まず、妊産婦が請求した場合、使用者は週40時間、1日8時間を超えて労働させられません(労働基準法66条1項)。
また、使用者は、変形労働時間制を敷く場合、育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練・教育を受ける者その他特別の配慮を要する者が育児、介護、教育等に必要な時間を確保できるよう配慮しなければなりません(同法施行規則12条の6)。
5.変形労働時間制の時間外労働
変形労働時間制は、単位となる期間内において所定労働時間を平均して週法定労働時間(原則40時間)を超えなければ、期間内の一部の日又は週において、所定労働時間が1日又は1週の法定労働時間を超えても、所定労働時間の限度で、法定労働時間を超えたとの取扱いをしないという制度です。
したがって、変形労働時間制を採用した場合、週40時間又は1日8時間を超えた所定労働時間が定められた週又は日については、その所定時間内の労働は、法定労働時間を超えていても時間外労働とはなりません。その所定時間を超えた労働はそのまま時間外労働となり、割増賃金が発生します。
他方、週40時間又は1日8時間以下の所定労働時間が定められた週又は日については、所定労働時間を超えたとしても、法定労働時間である週40時間又は1日8時間を超えない限り、時間外労働とはならず、割増賃金を支払う必要がありません。上記法定労働時間を超えた分についてのみ、時間外労働となるのです。
もっとも、週又は1日の労働時間が法定労働時間の枠内であっても、変形期間の法定労働時間の総枠を超えれば、その分は時間外労働となります。つまり、例えば1箇月単位の変形労働時間制において、1日8時間の法定労働時間を超えた日はなくとも、1か月の変形期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間を超えた場合には、その超えた労働は時間外労働となるわけです。
なお、変形労働時間制においても、時間外・休日労働を適法化するためには、三六協定を締結しておかなければならない点は同様ですから、注意してください。