皆様、こんにちは。

1 イントロ

 今回会社法にまつわるお話です。大学時代のゼミナールで標記のテーマを取り上げたことがあったのですが、たまたま標記のテーマに関する最近の判例を発見したので、今回はその判例を簡単にですがご紹介しながら標記のテーマの内容を見てまいりたいと思います。

2 事案の概要

 本件の原告となった甲社は、被告である乙社に金銭の支払い求める訴訟を起こしました。
 この金銭とは過払い金のことでした。実は、甲社は、乙社から借入をしていた丙社から過払い金の返還請求権を譲り受けて上記の請求をしたのです。
 ところが、その権利を譲り受けるにあたって問題が隠されていました。丙社では、取締役会の決議をせずに甲社に権利の譲り渡しをしていたのです。ちなみに過払い金の金額はおよそ2億1000万円でした。
 甲社は上記の過払い金の支払いを求めて訴訟を起こしたのですが、乙社は、丙社では取締役会の決議を欠いていたことから本件の過払い金返還請求権の譲渡は無効であり、請求は認められないと反論してきました。

3 裁判所の判断

(1) 本件のポイントは2つ挙げられます。(ア)取締役会の決議なくしてなされた取引は無効なのか否か、(イ)に関して仮に取引が無効であるとしても、それを第三者である乙社が主張することができるのか否か、という点です。

(2) 控訴審(高等裁判所)は、(ア)の点について取締役会の決議がないこと及びその点について甲社も知っていたことから、過払い金返還請求権の譲渡は無効であるとして甲社の請求を認めませんでした。
 しかし、最高裁では甲社の請求を認めました(最高裁平成21年4月17日第二小法廷判決)。

(3)
ア なぜ、最高裁は一転して請求を認めたのでしょうか。

 (ア)の点に関する最高裁の考え方は、「代表取締役が取締役会の決議を経ないでした重要な業務執行に関する取引も内部的な意思決定を欠くに過ぎないから、原則として有効であり、取引の相手方が取締役会の決議を経ていないことを知り又は知り得べかりし時に限り無効になると解される(最高裁昭和40年9月22日第三小法廷判決)」という内容です。すなわち、取引の相手方が取締役会の決議がないことを知っていたか、もしく知ることができた(=知らなかったことに過失があるといえる)場合に裁判所は無効と判断します。

 これは、取引の一方当事者の取締役会の決議がなかったという内部事情によって取引を完全に無効としてしまうのは他方当事者とって大きな損失をもたらしかねない酷な結果なるので、他方当事者が取締役会の決議が無かったことを知っていたか否かでバランスを取っていたのです。

 本件では、金額も相当に多い取引であるため、取締役会の決議が必要なケースです。それに甲社は丙社の取締役会の決議がなかったことは知っていたので、無効となります。


 しかし、(イ)の点について、最高裁は「取締役会の決議を経ていないこと理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することはできないと解するのが相当である」としています。すなわち、本件における乙社は取引の第三者にすぎず、たとえ譲渡が無効であるとしても、無効を主張する資格は丙社にしかないので、甲社からの請求に対して譲渡が無効であると反論することができないのです。

 会社法362条4項1号では重要な業務執行について取締役会の決議は必要であると謳っています。この趣旨は、代表取締役に権限が集中することを抑制し、取締役相互の協議に基づいた業務執行を確保するという会社の利益を保護する点にある、と最高裁は考えているようです。
 そこで、最高裁は保護の対象である取引の主体となる会社そのものに無効と主張するか否かの選択権を委ねるべきと考えたようです。
 そのため、例外的に会社の取締役会が無効と主張する旨の決議を行ったという選択権の行使が明らかとなった場合に限って、「特段の事情」があるとして、第三者からの主張を許容するという判断の枠組みを設けたのです。

4 今回の判例を踏まえて言えることは、まず取引の有効性が裁判上で争われた際に、最終的に無効と判断される可能性は低そうです。たとえ取引の相手方が取締役会決議を欠いた取引であることを知っていても、決議を欠いた会社そのものが無効とする決定を行わない限り、他者からの無効主張を認めないように読めるからです。

 しかし、本件は取引の無効を主張したのが譲り受けた債権の債務者でしたが、例えば、丙社の株主が取引の無効を主張したり、丙社の債権者が主張したりした場合には、やはり会社の利益を考慮して社内の取締役会の意思決定を尊重するのでしょうか。このテーマを巡る議論はまだ尽きていない様子です。

 今回もお付き合いいただきありがとうございました。