第1 はじめに

 これまでの債権回収についてのお話は、売買や請負等の契約に基づいて発生した金銭債権一般に関し、これを回収する方法でした。ところが、売買等の契約に際し、手形が振出されることがあり、その場合、債権者は、通常の売買代金債権等に加え、手形債権を取得することとなります。

 かかる手形債権には、その手形振出しの原因となった売買契約等の債権(これを原因債権と呼ぶ)と異なる種々の法的取扱いがなされているため、今回は、請求債権が手形債権であった場合の注意点などについて、少しお話ししてみようと思います。

第2 手形の不渡り

 手形は、支払猶予の手段として古くから使用され、現在も信用取引のかなめとしての役割を果たしているといっても過言ではありません。しかし、支払を猶予するという性格上、その猶予期間経過後も支払がなされないという危険と常に隣り合わせともいえるわけです。

 手形の支払がなされない場合として「手形の不渡り」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。不渡りとは、手形の支払期日を過ぎても債務者から債権者への支払がなされず、決済されないことをいいます。
 手形の不渡りには、厳密には次の3つのケースに分けられます(東京手形交換所規則施行細則77条参照)。

1 0号不渡り

 手形の形式不備や呈示期間経過等適法な提示がなかった場合の不渡りをいいます。
 この場合は、銀行等から手形交換所に対して不渡届が提出されません。不渡届の作成がないことから、「0号」と呼ばれています。後述の「1号」、「2号」というのは、作成する不渡届の種別を指すものです。

2 1号不渡り

 通常、手形の所持人は、支払期日に取引銀行を通じて、支払地の手形交換所へ手形を持込み、振出人の当座預金から手形金額が引き落とされて決済されるという流れをたどります。しかし、振出人の当座預金の残高が手形金額に満たない場合、資金不足で決済不能となります。これが、1号不渡りで、一般に「手形の不渡り」といえば、この1号不渡りを指します。

3 2号不渡り

 契約不履行、詐取、偽造等によって、振出人の支払義務が否定される場合の不渡りをいいます。
 このような場合、振出人は、手形金額を銀行に預託して、取引停 止処分を猶予してもらうことができます。

4 不渡り付箋

 手形が不渡りとなった場合、「資金不足」等と記載された不渡付箋が貼られて返還されます。

5 銀行取引停止

 1号不渡りを出すと、不渡処分として全金融機関にその旨通知されます。しかし、不渡りが1回の段階では、銀行取引停止にはなりません。ただ、銀行は取引を控えるようになり、貸付金回収に入ったり、追加融資は拒絶するという対応に変わることは避けられません。

 1回目の不渡りから6か月以内に2回目の不渡りを出すと、銀行取引停止処分になり、以後2年間は、手形交換所に加盟している全ての銀行と当座預金取引ができなくなります。銀行取引停止の処分を受けることで、その債務者は、銀行からの融資の途は断たれ、信用力の低下によって実際に事業を遂行をできなくなるため、事実上の倒産といわれるわけです。

第3 手形不渡りの場合の債権回収法

1 単名手形の場合

 単名手形とは、支払責任のある債務者が1名の手形をいい、裏書のない約束手形等がこれにあたります。

 この場合、不渡り手形といえども、手形を所持する債権者は、振出人に対し、満期日から3年の時効にかかるまで手形金を請求できます(手形法78条1項・70条1項)。そして、債務者が任意に支払わないときには、債権者は、手形訴訟という簡易な手続により、権利を確定させることができます(民事訴訟法350条以下)。その上で、手形訴訟の確定判決を債務名義として、強制執行していくことになります(民事執行法22条1号)。

 また、債権者は手形上の権利のみならず、手形振出しの原因となった売買契約等の原因債権を行使して、債務者に代金等の請求をすることもできます。原因債権の時効は、5年ないし10年です(商法522条、民法167条1項)。

2 廻り手形の場合

 廻り手形とは、手形上の債務者として、振出人と受取人以外に裏書人が存在する手形をいいます。

 廻り手形を所持する債権者は、上記1の単名手形所持の場合に加えて、裏書人に対する遡求権を行使できます(手形法78条1項・43条)。換言すると、振出人が支払をしない場合でも、裏書人は、自らの裏書以降の手形上の権利者全員に対して、振出人に代わって手形金額を支払うことを強制されているのです(同法78条1項・15条1項)。もっとも、かかる裏書人の遡求義務(担保責任)が発生するのは、支払呈示期間内に振出人に対して適法な支払呈示がなされていることが条件です(同法78条1項・38条1項)。そして、担保責任の発生要件ではありませんが、直前の裏書人に対し、支払呈示の日から4取引日以内に支払拒絶のあったことを通知しておくのが無難です。なお、裏書人に対する遡求権は、1年で時効にかかります(同法78条1項・70条2項)。

 これら裏書人に対する請求も、裏書人が支払ってくれなければ、手形訴訟を提起し、勝訴判決を得てから、強制執行によって債権回収していくという流れは同じです。