今回は、インターネット上の電子掲示板に掲示された記事により名誉を毀損されたと主張する原告が、プロバイダである被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という)4条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた事案をご紹介します。

東京地方裁判所平成20年4月14日判決

 本件の事案の概要は、おおむね以下のようです。

 原告は、投資用マンションの販売を主たる業とする株式会社であり、平成19年11月15日、商号を「株式会社A」から「株式会社X1」に変更した。
 被告は、特定電気通信事業を主たる業とする株式会社であり、プロバイダ責任制限法にいう特定電気通信役務提供者である。

 平成19年4月25日、訴外Cが、訴外Bの無料電子掲示板サービスを利用し、「掲示板」という題名の電子掲示板(以下「本件掲示板」という)を開設した。本件掲示板は、誰でも閲覧し又は書き込みをすることが可能であり、本件掲示板に書き込まれた情報は、電子通信により送信され、本件掲示板にアクセスする不特定多数の者によって閲覧される。
 本件掲示板には、別紙記事目録(ここでは省略します)の日時欄記載の各日時において、同目録記載の各記事(以下、同目録記載1ないし3の各記事を、順に「本件記事1」などといい、本件記事1ないし3を併せて「本件各記事」という)の書き込みがされた。
 原告は、訴外Bに対し、本件掲示板の削除及び書き込みをした者の発信者情報の開示を求めたところ、訴外Bは、本件掲示板の削除を行い、発信者情報については、タイムスタンプ、IPアドレス、リモートホスト名を原告に開示した。
 東京地方裁判所は、平成19年8月10日、被告に対し、本件発信者情報を含む発信者情報を消去してはならない旨の仮処分決定をした(同裁判所平成19年(ヨ)第2789号仮処分命令申立事件)。
 被告は、本件各記事の発信者に割り当てられたドメイン名「F」を管理しており、プロバイダ責任制限法4条1項の「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)」に該当し、原告が開示を求めている本件発信者情報を保有している。
 本件の主要な争点は、本件掲示板に本件各記事が掲載されたことにつき、原告の「権利が侵害されたことが明らか」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)といえるか否かである。

 裁判所は、上記事案に対して、おおむね以下のように判示しました。

1 プロバイダ責任法4条1項1号

 インターネット上において掲示板の書き込みにより名誉を毀損されたと主張する者が発信者情報の開示を求めるためには、まず、プロバイダ責任制限法4条1項1号に規定されるように、社会的評価の低下等の権利侵害に関する客観的事実が認められる必要があると解するのが相当である。
 すなわち、名誉毀損においては、①当該名誉毀損行為が公共の利害に関する事実に係るものであり、②当該名誉毀損行為の目的が専ら公益を図ることにある場合で、③事実を摘示して行われた名誉毀損行為については摘示事実の重要な部分について真実であること、又は、論評等による名誉毀損についてはその論評等の前提となる事実の重要な部分について真実であり、人身攻撃に及ぶなど論評等の域を逸脱したものでないことが認められない場合であることが必要である(ただし、当該名誉毀損行為をした者が摘示事実や論評の前提事実を真実と信じるについて相当の理由があったかどうかという点は除く)。
 そこで、以下、本件各記事による原告の社会的評価の低下の有無及び上記違法性阻却事由①ないし③の存否について検討する。

(1) 社会的評価の低下の有無について

 本件各記事は、「A」が原告の旧商号であること、及び他の掲示板の記事の内容からすれば、本件各記事が原告を対象とするものであることは明らかである。
 原告が摘示した事実のうち、判決で「社会的評価を低下」させると認められる事実は、以下のとおりである。①原告の従業員が上司から暴力をふるわれ、また、社長の暴力により眼鏡が破損したとの事実、②原告の従業員には休日がなく、深夜まで残業を強いられ、また、上司から虐待され暴力をふるわれていたとする事実、③原告の従業員であるDが覚せい剤に関する犯罪で逮捕され、次長であるEがその証拠を隠滅したとの事実を摘示した上、原告が会社ぐるみで犯罪行為を行っているとの事実、④原告が、売却したマンションの家賃収入を保証したにもかかわらず、入居者を見つけないため、家賃収入が入ってこないとの事実、⑤原告の従業員であるDが覚せい剤中毒者であるとの事実。

(2) 違法性阻却事由の存否についての判断

 この点について、判決は、上記各記事は、公共の利害に関する事実に係るものということはできないし、当該名誉毀損行為が専ら公益目的でされたと認めることもできないと判示しました。また、上記(1)で摘示された事実はいずれも真実性を欠くと認定しました。

2 プロバイダ責任制限法(以下「法」という)4条1項2号

 原告は、本件各記事の発信者に対して損害賠償請求権を行使するため、被告に対して本件発信者情報の開示を求めていることが認められるから、原告には、本件「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある」(法4条1項2号)と認めることができるとしました。

 本件は、原告に関してインターネットに書き込まれた情報が虚偽であることを裁判所が認め、被告(氏名等の登録者に対して、インターネットで閲覧可能な無料電子掲示板サービスを提供している株式会社)に対し、その保有している発信者情報を原告に対して開示せよと命じた裁判です。
 インターネット上の電子掲示板という特性上、虚偽の書き込みをした者の氏名や住所などの情報を当然には特定できません。そこで、これらの情報を保有している業者である被告会社に対してこれらの情報の提供を求める必要があるので、原告はこのような訴訟を起こしたわけです。
 被告としては、問題となった各書込みが公益目的か、あるいは内容に真実性があるという点を立証できれば、いわゆる違法性が阻却される事情となったわけですが、判決によれば、本件の被告は、これらの違法性阻却事由については明確な主張をしなかったようです。
 被告と似たようなインターネットの掲示板のような場所を提供する方々からすると、書き込みの内容が虚偽であるかは当然にはわからない場合が多いでしょうから、どのようなタイミングで情報開示請求に応じるべきかは迷うところかもしれません(あまり簡単に開示請求を認めてしまうと、今度は開示された側から、個人情報の保護が不十分だといわれる可能性もないではないでしょうから)。結局のところ、原告の言い分が正しいか否か確信が持てなければ、本件のように訴訟をしてもらって、裁判所の判決という形で開示に応じるのも一案でしょう。

 インターネットの掲示板は、その匿名性が高いことから、本件のように、ことさらに虚偽の内容を書き込んで名誉を毀損しよう(あるいは、営業を妨害しよう)とする人々も後を絶たないようです。昨今は、インターネットの影響力も無視しがたいものがあるので、虚偽の内容を放置しておくことで被る名誉や信用の被害・営業妨害の可能性も高まっています。このような形で、虚偽の情報を書き込んだ相手方に対するペナルティを課することで、インターネット上の情報が正確に保たれることは、名誉毀損被害を受けている当事者のみならず、インターネットで情報収集をしようとする人々の共通の利益にも資するものと思われます。