皆様、こんにちは。
1 イントロ
最近、標題の内容に関する最高裁判例が出ましたので、ご紹介させていただければと思います。
2 事件及び判決の概要
(1) 事案の概要
本件は刑事事件です。
一個人である被告人が、フランチャイズにより飲食店を経営する株式会社に関し、ホームページ上において同社がカルト集団である旨の文章や同社が虚偽の広告をしているといった内容の文章を掲載したため、名誉毀損の罪(刑法230条1項)で公訴提起された事件です。
(2) 裁判所の判断
結論から申し上げますと、第1審は名誉毀損罪は成立せず無罪としました(東京地裁平成18年2月29日判決)。しかし、控訴審では第1審の判決を破棄し、被告人に名誉毀損罪が成立するとしました(東京高裁平成21年1月30日判決)。そして、今年の3月15日に最高裁でも控訴審の結論を維持する(名誉毀損罪は成立する。)という決定を下しています(最高裁第一小法廷平成22年3月15日決定)。
(3) 本件の論点
本件では何が問題となったのでしょうか。
名誉毀損罪は、「公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した」時に成立する罪です。少し敷衍しますと、不特定多数の人々に事実を流布することで、被害者(法人も含まれます。)の社会的名誉を低下させたと評価される場合に成立します。
しかし、批判的な表現行為は少なからず存在しますので、刑法は表現の自由に対する一定の配慮を見せており、「公共の利害に関する事実」について、「目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合」に、適示した事実について「真実であることの証明があったとき」には罰しないとしています(刑法230条の2第1項参照)。つまり、とある事実を公表することが社会一般の利益につながると判断される場合に、その事実が真実であると証明できれば、名誉毀損罪は成立しないと判断されるわけです。
前置きが長くなりましたが、本件ではこの真実であることの証明についてどの程度の調査を求めるかが論点となったのです。
第1審は、被害者の方で名誉毀損的な表現行為を誘発するような情報をインターネット上で配信していたり、名誉毀損的な表現行為に対して被害者からの情報発信が期待できるような場合には、加害者が適示した事実が真実でない事を知っていた等の事情がある場合に限って名誉毀損罪に問うという考え方を示しました。
この考え方の背景には、第1審の裁判所が、個人がインターネット上で発信する情報についてマスコミ等と同等の調査分析を期待することはできないこと、被害者はインターネット上での名誉毀損的な表現行為について認知することが可能であり、反論をすることによって社会的評価の低下をある程度防げると考えているという点が上げられます。
しかし、控訴審は、被害者が大量の情報が発信されているインターネット上において名誉毀損的な表現行為を発見し、反論することを一律に期待することは困難であること、仮に被害者が反論を行ったとしても、既に名誉毀損的な表現行為はネット上に挙がっている上、被害者自ら発言すれば大事になってより社会的評価を下げる結果にもなりかねないことから、個人がインターネット上で行った表現行為について、免責されるための基準を緩和させる考え方は採るべきでないという判断を示したのです。
最高裁もインターネット上の情報であっても「閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らない」などと理由付けを示しおり、控訴審と同様の結論に至りました。
3 おわりに
本件の被告人は個人であるので、企業(法人)が名誉毀損的な表現行為を行った場合にはそもそも今回の様な議論は出てくる可能性は低いです。企業(法人)でありながら十分な調査を行う人員を割けないことは良いわけにできないからです。
他方で、被害者としてみると、この度判例が出たことで、インターネット上の表現行為であることや、(調査能力が十分にあると限らない)個人で行ったことに過ぎないことから刑罰が免れやすい方向に流れることにはならないという方向性が明示されたので、名誉毀損罪の存在が加害者(となりうる者)に対する抑止力を有することが確認されてひとまず安心(?)といったところでしょうか。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。