今回は、再び、建物明渡請求について正当事由が認められないとされた事案について、その概要をご紹介し、理由などを分析したいと思います。

【東京地裁平成15年10月21日判決】

 本件の事案は、おおよそ以下のようです。

賃貸目的物である土地(東京都港区所在。以下「本件土地」)の所有者である原告(なお、原告は、亡Bから本件土地を相続した者である)は、Aに対して本件土地を賃貸しており、Aは本件土地の上に建物を建てて利用していました。Aが死亡したため(以下Aのことを「亡A」とします)、原告は、亡Aの遺言執行者である被告に対し、自己使用の必要性等の正当事由が存在することを理由に、賃貸借契約の更新を拒絶し、賃貸借契約の終了に基づき、主位的には、土地上の各建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び明け渡しまでの賃料相当損害金を請求し、予備的に、立退料1000万円と引き換えに、上記明け渡し及び賃料相当損害金の請求をしました。

判決は、この事案において、原告の明渡請求・賃料相当損害金の請求をともに認めませんでした。

判決の概要は、以下のようです。

(原告側の事情について)

原告は、本件土地を含めた貸地の賃料収入などが思うように得られないことを主張し、本件土地の活用が死活問題だなどとして、本件土地を自己使用する必要があると主張する。

しかし、本件土地の活用について、当初は、亡B(本件の原告の被相続人)は、養子縁組予定者に事業を継がせるつもりだと言っていたのに対し、これを相続した原告は、亡Bが自分で本件土地を使用したいと言っていたと供述する一方で、本家の次男に後を継がせるつもりであったなどとも供述するなど、要するに、原告の供述には一貫性がない(ので、信用できない)。そもそも、原告の主張や原告本人の供述その他の証拠によっても、本件土地の具体的な使用方法(本件建物上に建築予定の建物の詳細等)については、必ずしも明らかではない。

また、原告は、本件土地以外にも、自宅兼アパートの建物及びその敷地を所有し、家賃収入を得ている上、本件土地の隣地2筆を所有し、地代収入を得ている。

これらの事情を総合すると、原告側に、平成11年1月当時、本件土地を使用する差し迫った必要性があったものとは認められない。

(被告側の事情について)

 亡A(本件の被告の被相続人)は、本件土地を賃借する以前に、本件土地上に木造瓦葺平屋建ての店舗兼居宅建物を建築し、昭和32年11月8日付保存登記をし、その後、亡B(賃貸人)らの承諾を得て、昭和41年7月25日、上記建物を増築し、さらに、昭和45年1月17日、上記建物を一部取り壊して、本件建物(2)とした。その後、亡Aは、本件建物(2)を、共同住宅として賃貸し、収入を得ていたものであり、現在も本件建物(2)を、共同住宅として賃貸し、収入を得ていたものであり、現在も本件建物(2)には、3名の借家人が居住している。

 また、亡Aは、昭和45年3月31日に、本件建物(3)を新築し、以後同建物内で自転車店を営みながら生活するとともに、同建物の一部を貸店舗として賃料収入を得てきた。

 このように、亡Aは、亡Bから本件土地を賃借してから平成11年当時まで、約40年もの間、本件土地を生活の本拠としてきた上、本件土地上の建物の賃料収入や自転車店の経営で生計を維持してきたものである。

(被告が死者名義で供託を行ったことについて)

 被告(亡Aの遺言執行者)は、亡Aが死亡した平成11年7月以降、被告が死者である亡Aの名義で賃料の供託を行ったことを更新拒絶の正当事由としてあげるが、これは平成11年7月以降の事情であり、平成11年1月当時の本件土地の賃貸借契約の更新拒絶の正当事由を判断するに当たって考慮すべき事情とはならないものと言うべきである。

(本件各建物の老朽化について)

 本件建物は、建築後約30年を経過しているとはいうものの、現に亡Aは本件建物内に居住していた上、本件建物を店舗や共同住宅として賃貸していた事実からすれば、本件各建物が朽廃またはそれに近い状態にあったものとは認められない。
 以上の事情を総合すると、原告側には、平成11年1月当時、本件建物を使用する差し迫った必要性があったものとは認められないのに対し、亡Aは、長年本件建物を生活の本拠にしてきた上、本件土地上の建物の賃料収入等で生計を維持してきたものであり、亡Aが本件土地を使用する必要性は高かったものと認められる。
 また、原告は立退料として1000万円相当を支払うと申し出ているが、本件建物の借地権価格が約7791万円であったことなどに照らすと、原告が上記のような立退料の支払いを申し出ていることを考慮しても、更新拒絶に正当事由があるものとまでは認められない。

 判決の要旨は、以上のとおりです。

 本件での判決の結論は、本件建物の上で長く生活基盤を有してきた当事者(借地人)である被告の利益が、地主さんの「自己使用の必要性」よりも優先するとされたと要約することができるでしょう。

裁判所の考え方の一つとして、「長く続いた事実状態を尊重する」という考え方がありますので、現状からの変化を欲する側が、より多くの正当性を示さなければならないようです。

本件の原告(本件土地の賃貸人)としては、明渡請求を裁判所に認めてもらうためには、①自己使用の必要性を基礎づける事実関係についてあらかじめよく確認し、「一貫していない」「抽象的」という印象を裁判所に与えないようにする。②提示する立退料の価額については、不動産鑑定により算定される借地権価額をある程度反映ないしこれに配慮した額にする、などの努力が必要だったものと思われます。

弁護士 吉村亮子