第1 はじめに

 前回は、債権に関する基本的事項の確認をしましたが、今回はもう少し、実践的なお話をします。債権回収において、知っていて損はない事柄など、触れていきたいと思います。

第2 債権の維持

 ともすると、債権者は、債権をどのようにしたら取り立てられるか、債務者にお金を払わせることができるかばかりに気を取られがちです。しかし、債権の回収に没頭する余り、債権がなくなってしまわないようにしなければなりません。時効の問題です。

 債権回収を一生懸命頑張っていても、単に債務者に請求し続けているだけでは、時効完成はどんどん近付いてきます。つまり、請求は時効完成を6か月間だけ引き延ばす程度の効力しかありません(民法153条)。時効を中断させて、時効の進行をスタートまで戻してやるには、債務者に対して訴え提起等をする必要があるのです(民法147条以下)。

 しかし、裁判を起こさないと債権の時効消滅を防げないというのでは、裁判にかかる弁護士費用等を考えると、債権回収を諦めざるを得ない事態を招きかねません。そうならないよう、時効を中断するのに最も簡便で効果的な方法は、債務者に債権の存在を承認させることです。債務者は、お金の請求を怖がっていますから、早く払うよう催促すると、「いついつまで待って欲しい、そしたら払えるから」とか、「今、全額は無理だけどこれくらいなら払える」といった態度に出てくることが多く予想されるところです。これらは全て、債務者が債権のあることを前提として自己の債務を承認する行為なのです。ですから、時効を中断するには、こういった債務者に債務を認めたといえる行為をさせるのが、お金のかからない簡易な方法です。ただ、後で争いになれば、あのときいったん債務を認めたじゃないかといっても、シラを切られる恐れがあります。その行為をしたということを形に残しておく必要があります。もう少し待ってくれと言われたら、じゃあ、いついつまでに支払うと日付入りで書かせておき、これだけ払えるといったら、振り込んでもらうか、債権の一部として何円支払いますといったことを書いてもらえばよいでしょう。

第3 短期消滅時効

 民法上、債権の消滅時効期間は、10年と定められています(民法167条)。しかし、債権の発生原因によって、以下のように10年よりも短い期間で消滅するものも多数あります。注意が必要です。

1 5年

(1) 商事債権

 商行為によって生じた債権(商事債権)は5年で消滅時効にかかります(商法522条)。そして、当事者の一方さえ商人であれば、その債権は商事債権となります(商法3条1項)。

(2) 定期給付債権

 1年以内で一定時期に支払うことを定めた債権も5年間で時効消滅します(民法169条)。

2 3年

(1) 治療費・工事費等に関する債権

 医師や薬剤師の治療費、薬代等に関する債権は3年の消滅時効にかかります(民法170条1号)。

 また、工事・建築費に関する債権も3年で時効消滅します(同2号)。

(2) 書類引渡債権

 弁護士や公証人の書類保管義務は、3年で時効消滅します(民法171条)。

(3) 不法行為に基づく損害賠償請求権

 上記債権は、損害の発生及び加害者を知ってから3年で時効消滅します(民法724条)。

3 2年

(1) 弁護士・公証人の職務に関する債権

 弁護士や公証人の報酬、実費等の請求権は2年で時効消滅します(民法172条)。

(2) 生産品・商品の代金請求権

 農業者等が生産した物や一般に小売りされている商品の代金債権は2年の消滅時効にかかります(173条1号)。

(3) 技能者の製作物に関する債権

 技能を持った者が注文によりその技能を用いて物を製作した場合、そこから発生する債権は2年で時効消滅します(民法173条2号)。

(4) 教育者の教育等に関する債権

 教育者が生徒の教育、衣食、寄宿について債権を有する場合、その債権は2年の消滅時効にかかります(民法173条3号)

(5) 詐害行為取消権

 債務者は、本当はお金があるのに、その債権者に支払うのがいやで、旧来の仲の債権者にだけ、示し合わせて弁済したり、不動産を債権者に差押えらるのを免れるため親戚の名義に移すといった行為は、裁判所で取り消してもらうことができます(民法424条)。ただし、これは、訴えによらなければなりません(同条1項本文)。

 そして、この取消権は2年で時効消滅します(424条)。

4 1年

(1) 短期使用人の給料債権

 使用人の給料債権のうち、1か月以内の時期に支払うよう定めたものについては1年の消滅時効にかかります(民法174条1号)。

(2) 芸人等の報酬、運送費、旅館・飲食店の代金請求権

 これらの債権も1年で時効消滅します(民法174条2号以下)。

5 短期消滅時効期間の長期化

 上述したような10年よりも短い期間で時効消滅する債権であっても、その債権について訴え提起するなどして確定判決を受ければ、そこから10年間、時効消滅しません(民法174条の2)。短期消滅時効の対象となる債権は、金額が低かったり、日常頻繁に生じるものであり、短期間で証明が困難となりやすいため、特に短期の時効期間を定めた解されています。

 しかし、そのような債権であっても、裁判所で権利を確定する判断等をしてもらった場合には、もはや短期で消滅させる必要はありません。このため、確定判決等を得た債権については、一様にそこから10年は時効消滅しないとされているのです。

 和解調書や調停調書に記載された債権も同様ですが、公正証書に記載されても短期消滅時効期間は変更されないことには注意してください。