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 今回は、破産手続や民事再生手続の申立て前における、特定の債権者に対する弁済と否認についてお話します。

 破産手続や民事再生手続において、債権者の権利行使は手続開始決定があれば手続内で行使されるべきですから、原則として個別的な債権者の権利行使は禁じられますし、債務者についても破産債権や再生債権に対する弁済禁止効が働くため、手続開始決定後の債務者の特定の債権者に対する弁済は法定の除外事由がない限り無効となります。

 このように、手続開始決定後にした特定の債権者に対する弁済が無効となることは理解しやすいと思いますが、気をつけなければならないのは、手続開始決定前でも、特定の債権者に対して弁済した場合、破産手続においては管財人により、民事再生手続においては監督委員または管財人により否認権を行使されるおそれがあるということです。否認権の行使が認められると、弁済によって債権者が得た利益は債務者の財産に戻されることになります。これは、破産手続や民事再生手続においては、債権者平等の原則といって債務者の倒産のリスクは債権者が平等に負担するべきであるという原則があり、また、破産手続の場合は配当原資、民事再生手続の場合は再建の基礎となる財産として債務者財産の基礎をできるだけ確保するという要請があるためです。

 既存の債務の弁済にしぼってもう少し具体的にお話ししますと、手続申立て後にした特定の債権者に対する弁済は、弁済期が到来した債務の弁済であっても、債権者が手続きの申立てを知っていたときには否認の対象となりますし、手続申立て前の弁済であっても支払不能(支払能力を欠くために債務のうち弁済期にあるものにつき一般的かつ継続的に弁済することができない客観的状態)にある場合の弁済は、債権者が債務者の支払不能又は支払停止(弁済能力の一般的かつ継続的な不足を外部に表示する債務者の行為)を知っていたときには否認の対象となります。

 改正前の民事再生法下のものではありますが、裁判例を見てみますと、大阪地裁平成12年10月20日決定の事案では、約153億円の債務超過の状態にあり、金融機関からの借入金残高も約1600億円に上っており、年間残元本1%程度を返済するにとどまっていた会社が、その後特定の債権者に合計15億4129万円を弁済し、かつ既存債務について根抵当権設定をし、その後、民事再生手続開始の申立てを行ったというもので、否認の対象となると判示されています。

 実際には、手続開始を申立てる前であれば、将来において手続き開始決定の申立てをするか否かはまだ未確定の段階であり、円滑な企業活動のためにも弁済を迫られることもあるかと思います。しかしながら、すでに財務状況が明らかに逼迫しているのに、手続開始の申立て前だからといって特定の債権者だけに弁済すれば、後にその行為が否認されることになりかねません。手続開始の申立て前から、後の展開を見据えたうえでの判断が必要となるということです。