1 事案の概要と論点
本件は、会社と従業員との間における秘密保持義務が問題になった事案ではなく、事業者間における紛争です。
簡単に事案の概要を説明しますと、原告であるダイニングサービスが取引先である被告モルガンと共同で業務マニュアルを作成したんですね。ところが、被告モルガンは、このマニュアルの共同作成には関与していない被告ジョンソンに対してマニュアルを教えてしまい、被告ジョンソンが自己の業務のためにこのマニュアルを使用してしまったんです。
原告の認識からすると、原告と被告モルガンとの間で使用することが前提だったと思うんですが、被告ジョンソンという想定外の会社にもこのマニュアルを使用されてしまった。
そこで、原告は、被告モルガンと被告ジョンソンを相手取り、本件マニュアルの使用等の差し止めと損売買賞請求を起こしました。
この裁判の争点は、
1)被告モルガンが被告ジョンソンに対し、本件マニュアルを開示したことが、不正競争防止法2条1項7号に該当するか否か。
2)被告ジョンソンが本件マニュアルを使用したことが、不正競争防止法2条1項8号又は9号に該当するか否か。
です。
2 東京地判平成19年6月29日
裁判所は、以下の理由により、原告の請求を棄却しました。
まず、そもそも本件マニュアルの保有主体は誰かという問題。
この点については、裁判所は、「本件マニュアルの情報をお互いに原始的に保有することになったものであって、被告モルガンは、原告から原告が保有していた本件マニュアル情報を示されたものではない」と判示しました。
これは、本件マニュアルの作成経緯や作成方法から見ても納得ができます。なぜならば、このマニュアルは、原告と被告モルガンが協議の上で共同作成したものだからです。そうすると、できあがったマニュアルは、原告と被告モルガンの共有状態になると考えてよいでしょう。
しかし、この判示部分は、被告モルガンが自らの業務でこのマニュアルを使用することは、不正競争防止法2条1項7号に該当しないことを意味するにとどまります。
被告ジョンソンは、このマニュアル情報を第三者である被告ジョンソンに開示したことまで正当化できません。
ところが、原告と被告モルガンとの間の業務委託契約書には、
「原告が被告モルガンの業務に関連して創作した全てのワークプロダクトは、被告モルガンが単独で所揺する」旨の記載があったんです。
そして、本件マニュアルの営業秘密も、
「被告モルガンの単独所有となるワークプロダクトに含まれるものと認められる」と判断されていまいました。
そうすると、最終的には本件マニュアルの保有主体は、被告モルガンのみ(単独所有)ということになりますので、原告からとやかく言われる筋合いではないということになります。
なんだか、肩すかしですね。おそらく、原告の認識としては、共同で作成した本件マニュアルについては、業務委託契約書上のワークプロダクトには含まれていないという認識だったんだと思います。契約書の内容と原告の認識との間の整合性がとれていなかったんですね。
この裁判例から学び取れること。
・複数の者が共同で秘密情報を創作した場合には共有状態になるので、共同作成者の一方は、その他方の同意なしに、その情報を自ら使用できる。
・秘密情報を共有する場合であっても、共有者の一方がその他方の同意なくして第三者に当該秘密情報を開示することは、不正競争防止法違反になりうる。
・秘密情報を共同作成した場合において、その共同作成に当たった取引先との間で締結された契約書の内容を確認することが重要。契約書の内容と別の取扱いを要求するのであれば、別途その旨を明記した契約書を作成する必要がある。
まあ、こんなところでしょうか…。