1 秘密保持のための誓約書
従業員を雇用する際に、会社の営業秘密について、秘密保持義務を負わせるために誓約書を提出させることは実務上よく見られます。
東京データキャリが従業員に提出させていた誓約書には、秘密保持の対象となる情報に関して、次のような記載があったそうです。
・業務に係わる企画、資料、調査等の情報
・取引先関係者の一切の個人情報
・財務、人事等に関する情報
・他社との業務提携に関する情報
・上司又は営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報
・その他、貴社が特に秘密保持対象として指定した情報
そして、これらの秘密情報を許可なく使用した場合には、退職金の減額事由になり、損害賠償の対象になることも記載されていました。
この誓約書は、個人的な感想として言えば、よくできています。背後に顧問弁護士の助言を感じます。秘密情報の一応の判断基準が読み取れる程度に列挙されているとともに、会社にとって重要な項目をほぼ網羅しています。そして、違反に対する効果(ここでは、ペナルティー)も記載されています。法律家的な発想ですね。
しかし、裁判所は甘くななかったようです。
2 東京データキャリ事件(大阪地判平成19年2月1日)
裁判所は、上記のような誓約書の記載内容をもっていても、「不正競争防止法上の営業秘密となったとすることはできない」としています。
誓約書に記載されている情報は、どれも会社にとって重要な情報のように思えます。それなのに、なぜ裁判所は、秘密情報であることを認めなかったのでしょうか。
裁判所が着目したのは次のような事情でした。なかなか鋭いですよ。判例の表現をそのまま引用します。
「一般的・普通に読めば、該当するものすべてを営業秘密とする趣旨のように理解する余地がある条項であっても、個々の情報の実際の取り扱われ方によっては、従業員らは、当該情報は営業秘密に含まれていないと理解する可能性がある。」
次に続く文章もなかなか鋭いんです。
「このことは、文書にマル秘と記載しておきながら、現実に秘密として扱っていない場合と同様である」
実際に、この事案でも、本来ならば誓約書に記載されている秘密情報に該当する情報がプリントアウトされた上で、多数の派遣社員に交付され、持ち歩かれておりました。つまり、言っていることとやっていることが違うんですね。
これでは、従業員の認識が変わってしまいます。「この情報はあの誓約書に書いてあった情報に一応含まれるけど、自分がここに持っている情報は秘密ではないな。だって、みんなプリントアウトして持ち歩いているじゃないか」という認識をもってしまいます。
秘密情報という以上、単に誓約書に記載してあるだけではなく、それらの情報につき社内の秘密管理体制が実施されていなければ説得力を持たないわけです。「とりあえず、大事をとって、重要と思われるものは、全部秘密情報ということにしておけ」という姿勢では、不正競争法上の保護を受けられないことを意味しています。
そうすると、本件では誓約書それ自体に問題があったわけではなく、その秘密管理体制の実施面に甘さがあったと理解する余地が十分にあります。
したがって、誓約書の内容を実践するような秘密管理体制が現実にしかれていれば、営業秘密として保護された可能性もあります。
しかし、です。あそこまで、秘密保持の対象となる情報の範囲を広げておきながら、そのすべてを実践できるような秘密管理体制をしくことなどできるのでしょうか。まるで、社内に秘密警察がいて、がんじがらめの監視体制にでもしない限り難しいような気がします。
あまり欲張って秘密情報の範囲を広げすぎると、結局それを実践できていなかったがために、秘密情報ではないと判断されてしまうリスクを負うことになります。