相殺とは、双方が互いに同じ種類の債務を負担している場合に、その債務を重なる部分で消滅させることをいいます。簡単に言うと、A会社がB会社に対して持っている売掛金債権(自働債権といいます)1000万円と、B会社に対する借入金債務(受働債権といいます)500万円を対当額で消滅させる意思表示をすると、500万円の売掛金債権だけ残るということです。

 相殺は、簡単な決済手段として知られていますが、A会社としては1000万円の売掛金債権のうち500万円は優先的に回収することができたということになり、このような優先的な債権回収手段(担保としての機能)としての意味も持っています。

 相殺ができるためには、①共に債権を有すること、②債権が同種の目的を有すること、③自働債権が弁済期にあること(法律上は両方の債権が弁済期にあることが必要ですが受働債権の期限の利益は放棄すればよいので自働債権だけで足ります)、④性質上相殺が許される者であること、が必要であります。ただし、これら4つの要件を満たしても、①当事者が反対の合意をした場合、②性質上相殺できない(受働債権とできない)場合、③自働債権に抗弁権がついている場合、には相殺をすることができません。

 ただし、相殺の方法や要件、効果について当事者間で特別の合意をすることは妨げられません。また、相殺の予約として、一定の事由が発生した場合に意思表示を待たずに当然に相殺の効果が発生する旨を定めたり、手形を不渡りにした場合には自働債権について債務者は期限の利益を喪失して受働債権については期限の利益を放棄して当然に相殺適状が発生する旨を合意したりすることもできます。

 このようなものの発展型として三角相殺があります。これは平成7年の最高裁(最判平成7年7月18日判時1570号60頁)で問題となった事案でありますが、甲(丙の子会社)が乙に対して給油代金債権(A債権)を持っており、乙は丙に対して請負代金債権(B債権)を持っており、甲乙間でA債権とB債権の相殺予約の合意をしてありました。しかし、乙に対して租税債権を有していた国がB債権を差し押さえました。甲は相殺予約に従いA債権とB債権との相殺を主張して国の差押えに対抗しました。このような三角相殺の予約の有効性が問題になったのであります。

 最高裁は、このような相殺予約の趣旨が明確でないこと、実質的に相殺の意思表示のときに債権譲渡がなされたのと変わらないことを理由に甲は国に対抗できないと判断しました。

 三角相殺は、このように最高裁で認められてはいませんが、そのもの自体を否定されたものではないと思われます。債権譲渡と性質が似ていると判断していること、本件は甲乙間のみの合意であったことからすると、甲乙丙の三社間で合意をする、ないし甲乙間で合意した上で確定日付ある証書で乙が丙に通知するなどの方法を取っていれば、国に対抗する余地があったのではないかと思われます。ですから、この最高裁判例をもって三角相殺を否定したものであると考えるのは早急に過ぎるでしょう。ただし、認められていないという事案があることは確かですから、国税債権の差押えを受ける前に、きちんと債権譲渡をして確定日付を取って対抗できるようにしておくのが安全かもしれませんね。

 相殺というのは使い勝手がいいものですが、相殺契約を多用すると認められない形態になってしまうこともありますので、十分に注意して利用するのが良いでしょう。

弁護士 松木隆佳