1 ファーストリティリングとドラッカー

 ユニクロで有名なファーストリティリングの会長兼社長の柳井正さんは、ピーター・F・ドラッカーの信奉者としても有名です。
 同氏は、尊敬する人を2人挙げています。ひとりは松下幸之助、もうひとりはドラッカーだそうです。

 私も法律事務所の経営者として、ドラッカーの各著作を愛読書にしています。
 マイケル・ポーターも読んだし、フィリップ・コトラーも読みました。でも、目から鱗だったのは、ドラッカーの本でした。私にとっては、ボストン・コンサルティング・グループのPPMやマッキンぜーの7Sよりも、3C分析やSWOT分析よりも、ドラッカー理論のほうがはるかに実践的経営哲学でした。

 ドラッカーには数多くの名言がありますが、柳井さんが特にお気に入りの明言は、

 「顧客の創造」

だそうです。
 今回は、私も経営者のはしくれとして、この言葉の意味を考えてみたいと思います。

2 顧客の創造とは何か

 「企業とは何かを理解するには、企業の目的から考えなければならない。企業の目的は、それぞれの企業の外にある。事実、企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的として有効な定義は一つしかない。すなわち、顧客の創造である。…中略…顧客が企業の土台として企業の存在を支える。顧客だけが雇用を創出する。社会が企業に資源を託しているのは、その顧客に財とサービスを供給するためである。」
(上田惇生訳「現代の経営」ダイヤモンド社)

 あまりにも明文なので、要約するのはもったいないと思い、そのまま引用しました。
 「顧客の創造」とは、顧客に不要なものを詐欺的トークを使って押し売りすることではありませんよ(笑)。世の中には、そのようにして、無用な顧客を創造し、後で紛争になり、私たち弁護士の仕事が増えるんですけどね。ドラッカーが言っているのは、そういうことではありません。

 柳井さんは、「事業を通じて社会や人に貢献するからこそ、企業はその存在を許されている」という意味に理解されているそうです。
 私も同感です。でも、私は、もう一言これに付け加えたいと思います。
 顧客の創造とは、「人類の発展に貢献すること」であると理解します。「発展」に貢献するわけですから、今いる顧客への貢献だけでは不十分です。まだそこにはいない、「新たな顧客」に貢献しなければなりません。

 例えば、携帯電話。今の時代に、携帯電話を手放せる人はいますか。おそらく、非常に困るのではないでしょうか。携帯電話がなくなったら、仕事も私生活もとても不便になります。携帯電話のない毎日なんて、ちょっと想像できませんよね。

 しかし、です。私の学生時代、携帯電話は存在しなかったんです。ということは、携帯電話の「顧客」も存在していなかったことになります。
 では、携帯電話の顧客はいつ創造されたのか。それは、携帯電話がこの世に誕生した時です。つまり、新しい顧客が誕生することと社会の発展はコインの裏表なんですね。これはすごい発見です。
 企業目的は、どうしても「お金儲け」と誤解されますが、社会の発展に貢献しない企業は、お金儲けなんてできないと思います。企業が受け取る利益は、顧客を創造し社会の発展に貢献したことに対する対価なわけです。このことを理解しないと、企業を誤った方向に導いてしまいます。

3 顧客だけが雇用を創出する

 私は、ドラッカーのこの言葉も大好きです。うちの弁護士や職員に聴かせてやりたいです(笑)。

 企業は組織です。そして、これは組織の悪い点ですが、組織に雇用されている者は、組織の内部に注意を傾けます。どうすれば上司に褒められるか、どうすれば出世できるか、あの同僚とどうすればうまくやっていけるか、等々。企業の目的は、「企業の外」にあるのに、企業の中しか見ていない。
 しかし、職員を養っているのは、実は企業ではありません。顧客です。このことを忘れて仕事をしている人が大変多い。言われたとおりに仕事をしていれば、自動的に給与が振り込まれてくるなんて思っているわけです。これは問題ですよ。

4 ドラッカー流経営の法律事務所

 企業の目的は、顧客の創造にある。

 私は弁護士ですが、法律事務所の「経営者」でもあります。弁護士としてよりも、むしろ経営者として、他の弁護士や職員全員のベクトルを「顧客の創造」という方向に合わせることに最大の責任があると感じています。

 しかし、残念なことに、日本の弁護士に「顧客の創造」という発想はありません。顧客はそこにいる、と思っています。だから、今そこにいる顧客というパイの奪い合いに終始してしまいます。
 こんな調子だと、100年後の弁護士は、私たちと全く変わらない仕事をしていることになるでしょう。社会はどんどん発展していくのに、私たち弁護士だけが取り残されてしまします。
 そうならないためにも、私も「顧客の創造」を法律事務所経営の羅針盤にして、法曹界の先駆的経営者になりたいと思います。