1.事件の概要

 ホテルの会場使用契約を一方的に解除されたため、日教組らがプリンスホテルらを相手に、約2億9000万円の損害賠償請求などを求めた裁判の判決が2009年7月28日にありました。
 東京地裁は、ホテル側に原告側の請求額全額の支払いと全国紙への謝罪広告の掲載を命じたようです。

 事件の背景は次の通りです。
 日教組らは、教育研究全国集会を行うために、プリンスホテル側とホテルの会場を使用する契約を結んだのですが、プリンスホテル側がこの契約を一方的に解除してきたそうです。
 これに対し、ホテル側の言い分は、「ホテル周辺に多大な損害が生じるのを防ぐため」に、この契約を解除したというのです。

 「多大な損害」とは何でしょうか。
 2009年7月29日付の日経新聞(朝刊)によると、日教組は、1951年から年1回のペースでこの集会を開催してきたそうです。
 しかし、そのたびに、右翼団体などが街宣活動を行い、警察による警備の中で行われてきたそうです。
 おそらく、プリンスホテル側は、右翼団体などによる街宣活動がホテルの周辺で行われ、他のホテル客に迷惑がかかることを懸念したんだと思います。

2.ホテル側に厳しい判断

 まず、法律論から見ると、この事件はホテル側が厳しい戦いを強いられる事件であるといえるでしょう。

 第1に、日教組側は、憲法21条が保障している「集会結社に自由」を根拠にホテル側の一方的解除の違法性を主張できます。
 この事件は、プリンスホテルと日教組という「私人間」の紛争なので、憲法21条が直接適用されることはありません。
 しかし、私人間の紛争であっても、私法上の公序良俗や信義則等を通じて憲法の規定が間接的に適用されるというのが確立してきた判例法理です。しかも、集会結社の自由は、言論の自由の要となる重要な権利ですので、これに対する制約について、裁判所はこれまで慎重な態度を取ってきました。

 第2に、立証責任の点でもプリンスホテル側が不利です。
 本件では、プリンスホテル側が一方的に会場の使用契約を解除したわけですがら、債務を履行していないことは明らかです。したがって、日教組側が債務不履行の事実を主張・立証することは極めて容易です。
 これに対し、ホテル側は、自己の債務不履行が正当な理由に基づくものであることを主張・立証しなければなりません。
 そこで、右翼団体の街宣活動等によってホテルの周辺にどのような被害が及ぶかですが、これを主張・立証することはかなり難しいでしょう。おろらく、憶測の域を出ないのではないでしょうか。

 純粋な法律論だけではなく、ホテル側のその後の対応も裁判所の心証に大きくひびいていると思います。
 実は、この裁判だけではなく、日教組側は、会場を使用できるように仮処分の申立もしていたのです。つまり、裁判は非常に時間がかかるんですね。裁判をやっている間に、この全国集会の開催日が過ぎてしまうと、意味がなくなってしまいます。  正式な裁判で決着がつく前であっても、裁判所から仮処分を出してもらって会場を使用できるようにする方法があります。
 日教組側はこの仮処分制度を利用し、裁判所は日教組側の求めに応じて仮処分を出しました。

 ところが、プリンスホテル側は、裁判所の仮処分命令に従わず、当初の方針通り、日教組側の会場使用を認めなかったのです。
 今回の判決文の中でも、このことが触れられているようですので、裁判所の心証にかなり悪影響を及ぼしたことは間違いないと思います。

3.今後の対策

 この全国集会は、1951年から行われているという歴史があります。

 詳しく報道されていないので確実なことはいえませんが、これまでにこの集会で右翼団体と日教組側が激しく衝突し多数の死傷者が出たとか、ホテルの利用客は周辺住民が巻き込まれて多数の死傷者が出たことがなかったんじゃないですかね。
 したがって、過去の経緯から見ても、ホテル側が「損害」なるものを立証することは極めて難しいと思います。

 しかし、ホテル側には、契約締結の相手方を選ぶ自由がありますので、ホテルの宿泊客・利用客への影響を懸念するのであれば、日教組側と使用契約を結ばないということもできたのではないかと思います。
 主催団体、開場使用目的、参加予定人数等をしっかり事前確認しても分からなかったんでしょうか。
 ホテル側としては、参加人数如何によっては、会場整理の必要もあるので、会場管理に必要となる情報であれば、契約を締結する前に、事情聴取してもよいと思います。
 今回の判決を受けて、他のホテルも来年の対策を立てるべきです。

 それにしても、日教組は今まではどこでこの全国集会を開催していたんですかね。おそらく、参加人数から言っても、どこかのホテルを会場として使用していたはずなんですけど…。

 ちなみに、報道によると、プリンスホテル側は、控訴する方針のようです。