1.正規・非正規の二極化

 現在の日本の雇用システムでは、正規雇用と非正規雇用の二極化が進んでします。
 すなわち、長期雇用を前提に労基法等でがっちり保護されている「正規雇用労働者」と、雇用の調整弁に使われてしまう雇用の不安定な「非正規雇用労働者」です。
 なぜこのように、極端に二極化してしまったのでしょうか。
 これは、現在の労働法制のあり方と関係すると思います。労働基準法をはじめとする日本の労働法制は、労働者保護に偏りすぎている嫌いがあります。また、裁判所もこれを後押しするように、解雇権濫用法理や厳格な整理解雇の四要件により、原則として解雇できないような仕組みを作り上げてしまっています。

 労働者を保護しようという基本的発想自体は間違っていないと思います。労働者は人ですから、生きていかなければなりません。支えなければならない家族がいます。生活がかかっているわけです。その意味で、資金や設備等の経営資源とは大きく異なります。
 しかし、他方で、労働者を雇用する企業側としては、労働力を調達するための人件費は固定費を構成します。損益分岐点分析を知っている人は分かると思いますが、固定費は損益分岐点を大きく引き上げてしまいます。つまり、固定費が大きければ大きいほど、利益がでにくくなるわけです。加えて、労働者の賃金には、いわゆる「下方硬直性」があります。分かりやすく言うと、賃金をカットするのは容易ではないということです。

 非正規雇用の活用は、こうした企業の悩みを解決してくれます。
 なぜならば、非正規雇用労働者を活用することによって、固定費である人件費を変動費化することができるからです。これは損益分岐点を大きく引き下げることを意味し、利益が出やすい収益構造にできるばかりか、不況に強い体制を築くことができます。
 正規雇用労働者を変動費化したり、雇用の調整弁に利用することができなければ、雇用の保障が著しく弱い非正規労働者を活用するしかありません。
 こうした背景から、非正規雇用、特に、労働者派遣が爆発的に広がっていったんだと思います。

2.最低賃金引上げや製造派遣の禁止は問題を解決するか

 近時の法改正の議論は、どうしてもその方向性が規制に向かっているような気がします。
 例えば、派遣切りにあっている派遣労働者の多くが製造業関係だというのであれば、「製造業派遣を禁止していまえ」という議論が出てきます。
 また、どさくさ紛れに、「最低賃金を上げてしまえ」などという議論も出てきているようです。
 しかし、前者については、抜本的解決に向かうとは思えません。労働者派遣が使いやすいものになったため、多くの製造業がいわゆる偽装請負から労働者派遣に切り替えていったんです。労働者派遣を使いにくいものにするということは、この流れに逆行することを意味し、再び偽装請負などの問題が再発するだけです。

 また、後者については、おかどちがいです。最低賃金を引き上げれば、失業が増えるだけです。結局、企業側とすれば、賃金に見合う仕事ができない人は、そもそも必要ないからです。しかも、これが非正規労働者の雇用の安定にどうリンクしてくるのかさっぱりわかりません。
 したがって、今起こっている問題に対して、企業側のニーズを無視して一方的に規制を強めても、根本的な解決策にならないでしょう。

3.中間形態の導入で雇用を弾力化

 日本大学の安藤至大准教授が、2009年7月16日の日経新聞(朝刊)で、興味深い提案をされています。
 同氏は、現在の正規雇用と非正規雇用の中間形態に位置づけられるような雇用制度を導入すべきだと主張しています。
 結局、正規雇用の形態が長期の雇用が保障されている労働者だけだと、雇用の調整弁として、企業側としては非正規雇用に殺到するよりほかありません。
 そこで、現在の正規雇用よりは保護が弱いが、現在の非正規雇用よりは保護が強い、そんな中間形態の雇用の仕組みがあれば、各企業の多様なニーズによって活用され、極端に雇用が不安定となる現在の非正規雇用が減少する可能性があると思います。

 同氏は、その具体的な施策の例として、

・雇用期間は原則3年までというルールを、5年契約や10年契約も選択できるようにする。
・期間の定めのない雇用契約であっても、1年前に告知すれば解除可能な雇用契約を導入する。
・特定地域の事業所の閉鎖とともに雇用契約が解除されるなどの特約も許されるようにする。
・あらかじめ定められた仕事がなくなったことを理由とする契約解除を可能にする。

 そして、これらの施策が上手く機能するためには、当事者が合意した契約に基づいた判断を裁判所が忠実に行うことであると主張されています。
 予測機能が働かなければ中間形態の雇用が機能しなくなるからです。
 また、同氏は指摘しておりませんが、裁判所が判例法理でこれらの中間形態の雇用制度の中身を実質的に変更してしまうと、これまた中間形態のうまみが活かせないので、機能不全に陥ると思います。

 同氏が挙げている例については、議論の余地があるでしょう。また、もっと優れた中間形態の雇用契約もありうると思います。
 ただ、同氏が問題提起したことは重要だと思います。
 現在の正規雇用と非正規雇用の中間形態をこれから模索することで、洗練された解決策が生まれるのではないかと期待しています。