前回のあらすじです。
上司と部下が口論をして、部下が「こんな会社、辞めてやる!」と言って帰ってしまった場合、これが「辞職」の意思表示、あるいは「退職(合意解約)」の申し込みとみる余地があるということでした。「辞職」にあたるというためには、強固な意思の表明が必要とされているところ、今回のケースではどうもはっきりしない。一応、会社を辞める旨を書面で書かせるべきではあるが、「辞職」と「退職(合意解約)」では効果が違うことから会社としてはどのように扱えばいいのか?
退職(合意解約)とは、従業員(社員)と会社が合意をした上で今回の雇用契約を終了させることいいます。簡単に言いますと、従業員が「会社を辞めたいと思います。」と申し込みをし、これに対して会社が「うん、わかった。」と承諾することで会社を辞めることができます。つまり、退職(合意解約)には辞職と違って会社のリアクションが必要となるわけです。
さて、前回、辞職は会社の方から撤回させることはできないと申しました。また、従業員に辞める気がありそうならば聴き取りをした上で辞職届なり退職届を書かせるべきとも申しました。しかし、実際に書面まで書いてしまうのなら意思は強いといえるから辞職にしかあたらないのではないか?という疑問が出そうなところです。
そこは、聴き取りにおける従業員の発言内容や態度などから判断することになるでしょう。前回と重複しますが、「絶対に辞めます」と迷いが見られないケースでは辞職の可能性が濃厚です。ただ、それ以外のケースでは極力円満な方向に進めていくという意味では退職(合意解約)ととらえられるように思います。
では、退職(合意解約)の場合、どのような取り扱いとなるのでしょうか?
まず、従業員は会社の承諾が出るまでの間は撤回が可能です。ただし、撤回することによって会社に損害が生じるような場合、撤回が信義則(民法1条2項参照)上制限されることがあります。
次に気になるのは、承諾をするのが具体的には誰か?という点です。例えば、大規模な会社だと人事部門の担当者に権限がゆだねられていることがありえます。実際、人事部長が退職届を受領したので従業員はもはや退職の撤回をすることができない、という実例があります(最判昭和62年9月18日労判504号6頁)。これに対して、人事部門を置かない規模の会社では社長(代表者)が人事を司ることになりますので、社長が承諾すれば辞職が成立することになるでしょう。
補足ですが、上記最高裁判決では人事部長に単独の決裁権が制度上ゆだねられている会社だったという事情が考慮されています。このため、必ずしも退職届の受領=承諾の意思表示にはなるわけではないと思われます。
さて、2回にわたりお話をしてまいりましたが、なぜ「辞職」と「退職(合意解約)」などと紛らわしい概念が設けられているのでしょうか?
お察しの方もいらっしゃるかと思います。「退職(合意解約)」は労使間で円満に退職するイメージです。辞職の場合、実際に辞めるのは意思表示の2週間後となります(就業形態や意思表示の時期などによりもう少し先になることもあります)。「退職(合意解約)」ならば会社次第では即刻辞めることも可能ですし、辞職に比べて柔軟な対応が可能なのです。
では、辞職は要らないのでは?という気もしますが、これまた必要です。もし退職(合意解約)のみであれば、会社が承諾せず、解雇でもしない限り従業員はその会社にずっと拘束されることが理屈の上ではありえます。皆様、職業選択の自由(憲法22条1項)が保障されているところ、会社を辞められなければ新たに望む職業に就くことができなくなることがあるので、自分の意思のみで辞められる手段も必要となるのです。
このため、就業規則上、辞職・退職について上記の趣旨を実質的に損なう条項は問題となります。例えば、辞職においても会社の承諾を求めたり、その他従業員が辞職・退職を躊躇させたりする内容の条項は認められないでしょう。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。